ディスクライブ 創刊号 1980/秋
ディスコグラファ向けの雑誌で、編集はミシガン州、アン・アーバに
住むデビッド・ワイルド氏。
彼はサボイ、アトランティク、プレステイジのレコード・ディスコを
集大成し、77年出版のコルトレーンのディスコ、マイケル・カスクー
ナとの共同で出版したオーネット・コールマンのディスコ等、ミシェ
ル・ルプリ、イェプセンに並ぶ著名なディスコグラファです。
この雑誌はコルトレーンとコールマンのディスコ補足版として出版さ
れたもので不定期に刊行されている。購入は下記へ。 4号分 $5.00
WILDMUSIC
P.O.Box2138, Ann Arbor, MI 48106 USA
| Wes & Trane An Unrecorded Sextet |
ダウン・ビートでドン・デマイケルは彼等 それはコルトレーンとドルフィのイントネー
のプレイを次のように論評している。 ションに問題があり、ウェスほど感動的でな
「3曲だけのステージだったが1時間にも及 く一貫性にも欠いていたが、マイナス面を最
び展開された。 低限に抑えていたソロは流石であった。
中でもウェスの素晴らしさは並ではなかった コルトレーンはたとえ最高の出来ではなかっ
。彼のギターは乗りの良いリズム感で注目を たにせよ、アップ・テンポで荒々しい興奮を
浴び、ソロ・フレーズの多彩さという点ては 創り出す能力を備えており、バラッドにおけ
群を抜いていた。 るプレイは抑制的ではあるがその奥には何か
<マイ・フェイヴァリット・シングス>のソ 特別なものが秘められていた。」
ロでは、"Call & Response" つまりメロディ
とアドリブ・パッセージを交互に繰り返すと 「今夜のプレイから察するにコルトレーンは
いう奏法をみせた。 新たな成長段階に入ったように思われた。
<ネイマ>のバラッドではオクターヴを使い つまり、彼は時々何か動物の吠え声に似たよ
全体としてメロディを発展させていくという うなサウンドを出すのである。
効果を演出した。 特に2曲目の<マイ・フェイヴァリット・シ
ウェスの素晴らしい演奏振りは、あたかもス ングス>のソロに多く観られた。
テージを揺り動かすかのようにみえたが3曲 ドルフィはこの曲ではフルートを、<ネイマ
目の<ソウ・ホワット>で顕著に観られた。 >ではバスクラ、<ソウ・ホワット>ではア
ルトを使っていた。
ドルフィのフルートは魅力的ではあるが、 このようにデマイケルは明らかにコルトレ
ソロの一部では鳥の鳴き声を連想させるよう ーンとドルフィの用いた新しいアプローチを
なサウンドであった。 理解できなかったらしく、彼の不明瞭な記事
<マイ・フェイヴァリット・シングス>でコ はその年の秋にリリースされた《アザー・ヴ
ルトレーンが "クォーター・トーン" ( 動物 ィレッジ・ヴァンガード・テープ》のライナ
の吠え声) を用いたことはさほどの意味がな ー・ノーツを観ても解るように、2人のプレ
く、しかもドルフィのプレイに水を差すかの イヤーを激怒させた。
ように思えた。 反ジャズ論争の口火を切ったであろうと考え
つまり彼はどのソロにおいても、はっきりと られる。
自分のポリシィがみられないのである。 にもかかわらず "アニマル・サウンド" とか
しかしグループとしてアンサンブルの良さは "イントネーション狂い" といった言葉が意
<ネイマ>を聴けば明らかである。 味しているように、 "ヴィレッジ・ヴァンガ
コルトレーンとドルフィはテーマ部分でソプ ード" でのレコーディングやその後の欧州へ
ラノとバスクラで濃厚なチョコレートのとろ のロードを通じて我々も知っているように、
けるような味を醸し出し、最後のテーマでは より自由なアプローチは、より確かなものと
テナーとバスクラでより暗く重いサウンドを なっていた。
融合させていた。 今夜の3曲は、その演奏時間の長さにおいて
もしコルトレーンがこのメンバーで継続する も、その後のレコーディングのなかでポピュ
ことが可能なら、ジャズ界で最高のグループ ラーなレパートリとなったが、<ソウ・ホワ
になったであろう。」 ット>とは<インプレッションズ>のあとの
( ダウン・ビート 1961年11月9日号より ) 曲名である。
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