ウェス直撃インタヴュー (an interview to WES) 
  
のように、クリスチャンはギターをジャズ     皮肉にもクリスチャンの音楽が初めてウェス
の代名詞のごとく仕立て上げ、ベニー・グッド    ・モンゴメリの耳に触れたのもこの年である。
マン・バンドの桁外れの成功は、彼の存在その    ジョン・レスリー〈ウェス〉・モンゴメリ、19
ものに帰依するところが大きかったと言える。    23年3月6日、インディアナ州インディアナポリ
彼はたいへん多くのレコーディングを残し、数    ス生まれ若干19才の出現である。(ウェスはレ
えきれないほどのファンを生み出し1940〜50年    スリーの幼名である。例えば日本人の場合、裕
代に出現したバーニー・ケッセル、ビリィ・バ    次郎は"ゆうちゃん"というようにレスリーを
ウアー、ジミー・レイニー、それにタル・ファ    "レス"と呼ぶうちに類似発音から"ウェス"と変
ーロー等々総てのギタリストの創作力を掻き起    化したものである。)
ててきた。                    ウェスは、後のラルフ・グリーソンの評価によ
しかし、1942年クリスチャンが結核でなくなっ    ると『チャーリー・クリスチャン以来、ギター
たとき、彼は決して伴奏プレイヤー以外の何者    にとって最も革命的なことをもたらした人物』
でもなく1人のメンバーであるほかなかった。    といわれる運命にあったと記述している。
  

そのグリーソンによる、1961年におこなわれたウェスへのインタヴューで、この当時の様子を振り返 ってみると、彼はベニー・グッドマンでのクリスチャンの〈ソロ・フライト〉を聴いた翌年、地元界隈 でプロ活動を始めたと言う。 ★1943年に僕が結婚してから音楽を始めたが、    ★僕は、チャーリー・クリスチャンに魅せられ まずアンプを買って2〜3カ月後にギターを買     てだが、ほかのギター・プレイヤーと同じよ ったんだ。                    うにね。 前にテナー・ギター(4弦)を弾いていたが     彼のプレイは、聴いた人の総てのハートを揺 プレイしていたというものじゃなかったよ。     さぶるんだ。彼とは逢ったことはないが、レ だから6弦を手にするまでは本当の仕事には     コードを聴けば彼の言っていることがよく解 成らなかったが、それからは総てにおいての     かるんだ。もし、彼のプレイに対し、理解も スタートのようなものだったね。          フィーリングも感じなかったら、そんな奴は                           どの楽器をプレイしようがちっぽけなミュー                           ジシャンにしかすぎないね。 ★チャーリー・クリスチャンの前は、ジャンゴ・ラインハルトやレス・ポールを聴いたことはあったが どれも"新しい"といえるもんじゃなく、たんに彼らのギターが好きだっただけで、僕をエキサイテ ィングさせたり感動させるようなものがなかったけどクリスチャンは違ったね。つまり、僕にとって は師匠みたいな存在なんだ。   ★《ソロ・フライト》は、僕が最初に聴いたレコードだった。これ1枚で十分さ。今でも聴いているし 僕にとってはそれが彼そのものでね、それからは1年ほど誰のレコードも聴いていない、というより 聴けなかったよ。                                                ★ギターを弾きこなすことで、音楽的なことに    ★他にそう、メル・リーは(B・Bキングと一 は特に何も係わらなかったが、ポイントだけ     緒に演っていたピアニストで)自分のバンド  選りすぐった、というか…それで、何かを始     を持っていたし色々な面で僕を援けてくれた  めるのに影響を及ぼしたと言うほどのもので  もなかったよ。                 ★そうして"ブラウンスキン・モデルス"とロー  だけどインディアナポリスには、アレックス     ドにでたあとスヌーカム・ラッセルとも一緒  ・スティーヴンスというプレイヤーがいてガ     に行ったよ。その当時、レイ・ブラウンもい  ンガン演っていたがこいつがなかなかタフな     たが、ガレスピーで彼を聴くまで本当に多く  ギターだったので何曲か聴かしてくれるよう     のセッションをこなしていたとは知らなかっ  頼んだが、結局、僕がしたことはクリスチャ     たね。  ンのレコードを聴いて学んだものだった。  その頃、僕も6弦のギターを弾いていたので    ★ハンプは、1948年から50年にかけて一緒に演  彼の演っていることが自分にもできるって思     ったなかでも唯一のビッグ・バンドで、我々  ったから、決心したんだ…彼のようになりた     6人組(ブラウンスキン・バンド)のために  いとね。すぐには結果が表れなかったが、自     多くのことをしてくれたが、レコーディング  信はあったさ。                  はしなかった。  それでクリスチャンのレコードからソロをコ  ピーしプレイするだけで仕事にありつけ"ク  ラブ・ 440"で稼げたが、それからは自分な  りに展開させたさ。                                      ★僕の能力には限りがあるんだ。ギターで演ってみたいと思うアィディアや考えていることがたくさん …そんな中の一つにオクターヴもちょっとした符号だったが、その符号をまた別のオクターヴに組み 込んだり…解かるかな、それは当時としてはすごいチャレンジだったんだ。  他にもオクターヴを使ってピアノのブロック・コードのような弾き方もできたが、しかしこれらのも  のには一つ一つそれぞれのフィーリングというものがあって、結局テクニックを磨くにはすごく時間  がかかるってことなんだ。                                                                           ★ピックを使わなかったのは僕の弱点の一つな    ★好きなギタープレイヤー?、そうだね、バー んだが、ある一定のスピードを保とうとする     ニー・ケッセルかな、彼の総てを得ようと努 なら、やはりピックを使うべきだと思うよ。     力したよ。 早く弾く必要はないという奴もいるが、早く     彼のフィーリングは素晴らしくジャズ的な意 弾けると言うことはフレージングも上手くな     味でコードについての良いコンセプトを持っ るんだ。                     ているんだ。彼は、ただギターのみに固執せ だけど、早く弾けなくともフレーズがよけれ     ず更に多くのことを試みようと、限られたレ ばそれでいいんだ。ギターをどれだけ使いこ     ベルに留まることなく色んなことにチャレン なせるか、ということだと思うよ。         ジし続けたことが、僕が彼を賞賛するわけな                           んだ。                  ★僕はピックを使ったサウンドが嫌いでね、し     その一つに、ギター・フレーズからかけ離れ かし一度だけ…そう、2カ月ぐらい全く親指     てホーン・フレーズに入り込もうと努力して を使わず、ピックで弾いたことがあったが使     いる。 いこなせなくて、それで再び親指に戻そうと 思ったら今度は親指のゆうことが利かなくて    ★タル・ファーローは、全くタイプの違うプレ ね、それで自分自身にいったいおまえは『ど     イヤーとして刺激を受けたが、ケッセルほど うしたいんだ?』、『どっちで演るつもりな     のフィーリングを持ちあわせていなかった。 んだ?』、と問いかけてみた。           けど、よりドライブ感あるフレージングを持 トーンは親指を使ったときのほうが好きだっ     っているし、それに合わさったテクニックは たけれど、テクニックの面ではピックをつか     本当にエキサイティングなものだったよ。思 うほうが上手くいったが、二兎追うものは何     うに、彼は平均的なギター・プレイヤーより とやら、両方ともできなかったよ。         も優れたモダン・コードのコンセプトを持っ                           ているね。                ★僕は、どのギターも楽器としてのある程度の     それは殆どのギター・プレイヤーも、モダン いい音というものを持っていると思うんだけ     ・コードでプレイしソロを演ることができる ど、あいにく僕にはそいつを引き出すような     が、彼等は総てのソロの音域のなかでは使い  いいアンプにはお目にかかったことがない。     こなすことができずにいたが、タルは常にモ  僕はいいフレージングを聴くのが好きなんだ     ダン・コードに定着していた。  が、メロディックなラインを弾く変わりに、  コードでラインを弾くといったギターを聴き    ★ジミー・レイニーはタルとは対称的な人物で  たいと思う。                   ね、彼等は一見おなじアイディア、コード・  そいつを演るにはすごく難しいけれど独特の     チェンジ、ラインそして同種のフィーリング  演りかたなんだ。結局、単音のかわりにオク     を持っているかのように思えたけどジミーに  ターヴで弾くほうがいい音でもって2倍の音     はミスを演らないだけの滑らかさが伺える。  を聴かせられると思う。それに他の楽器が混     それはジャズ・プレイヤーが常に望んでいる  成されたら更にいいよね。             ようにミスを犯すことなくピアノをプレイす                           るようにね。                           それがジミーの演り方で、じつにソフトなタ                           ッチを持っていたが、アイディアはタルのも                           のと何ら変わりは感じられなかったよ。    ★そして、ジョージ・ヘンリは僕がシカゴにいたときに聴いたプレイヤーで、彼は多くのチューンを練  習中だったがチャーリー・パーカーのようなフレーズでね、まぁ、ソロで聴かせたコードとテクニッ  クは他のプレイヤーと何ら変わりなかったがね。   そうそう、ヒューストンでは親指を使ってプレイする奴がいたよ。 ★それに当然ラインハルト、彼は全く違うものをもっていた。そしてチャーリー・バード、君も知って  いるだろうが僕は総てのギター・プレイヤーが好きなんだ。  彼等は、チャーリー・クリスチャンほど卓越していないが、クリスチャンの総てからほんのすこしだ  け影響を受けたと思うよ。 ★僕が目指すのは、ある手法から別の手法へス    ★こんなふうに言うと変に聞こえるかも知れな  ムーズに移行できるようにすることなんだ。     いけど、僕が頭の中で描いている演り方と、  例えば、君がメロディ・ラインなりカウンタ     実際に演っていることが一致していなくて、  ・メロディなり、他の楽器とユニゾンなりを     まるで何人かのプレイヤーに手をつかまれて  弾こうとしていたら、まぁそれを弾いてそれ     いるみたいに感じることがある。  からあるところで止めてしまって、恐らくそ     そして、押さえ込まれそうになるが、そこで  の次にフレーズとコードか何か或いはオクタ     負けまいとすると解放されるんだ。そういう  ーヴを弾くだろ。                 感じが堪らなく好きでね。  そんなふうにどれもうまくコントロールでき      て、しかもフィーリングが保てるようになる    ★僕は、時々何もしないでひたすらレコードを なら、君は実にたくさんのバリエーションを     聴くことがある。色んな種類のを何度も何度 持つことになる。                 もね。     つまり、僕にとっては何を弾こうともプレイ     それでしばらくするともう何も聴きたくなく の中に常にフィーリングを保つと言うのが一     なる。つまり、聴きすぎて自分が今までに聴 番大事なこと、それは本当に難しいことなん     いてきたことと混乱してしまって遠く離れて  だ。                       しまう様な気がするんだ。そこで、そいつを                           脇に置いて自分のいるところへ戻ろうとその ★知っての通り、ジョン・コルトレーンは僕に     空間から抜け出そうとするんだ。  とっては神様のような存在でね。  というのは、彼は他のミュージシャンから技    ★僕は、ダウンビートで賞を獲ったことに驚い  術的インスピレーションを得たわけではなく     ている。だって、そりゃ1952年当時のほうが  もともと自分の中にあったんだと思うよ。      うまく弾けたと思っているからさ。  あんなに凄いのを聴いちゃうと、もう降参す  るしかないね。                        =D・ビート July 20.1961=参考  そう僕がコルトレーンを初めて聴いた頃、マ  イルスの良さがまだよく解からなかった。マ  イルスのペットは何だかトリッキーでコルト  レーンのプレイほどいいとは思わなかった。  といっても、コルトレーンの演っていること  を総て解かっていた訳じゃないだろうけど本  当にエキサイティングなものだと思ったよ。  そのうち、僕はマイルスが解かるようになっ  て、それからはマイルスが一番いいと思うよ  うになったよ。