ビルボード誌におけるウェスのヒット・チャートについては別項で話した通りですが、この評価はあくま
でも音楽業界誌として、レコードの売上やストリーミング回数、ラジオでの放送回数などを基にした客観
的なデータに基づいて人気曲のアルバム・ランキング(ビルボード・チャート)を発表したものとなる。
ビルボード誌の中でも当然ながらグラミー賞(Grammy Awards)についての記事が掲載されているが、その
グラミー賞とは、映画業界におけるアカデミー賞、テレビ業界におけるエミー賞と同様に、録音芸術分野
における最高峰の栄誉とされるものであり、全米レコード芸術科学アカデミー(NARAS)会員による複数
回の投票を経て毎年決定されている。
会員は録音産業における芸術的創造性の全領域・・歌手、演奏家、指揮者、編曲家、プロデューサ、エン
ジニア・・などで構成されており、レコーディング・アーティストの間で最も尊ばれ、敬意を集める存在
となっている。
両者の関係性は、人気と芸術性の違いをしばしば浮き彫りにしているが、ビルボードのヒットが必ずしも
グラミー受賞につながるということではない。
ビルボード・チャートで大成功を収めた作品が、グラミー賞で主要部門を受賞しないケースも当然ありう
る。
これは、グラミー賞が単なる人気ではなく、会員による芸術的な評価を重視するためです。
しかし、グラミー賞の授賞式でパフォーマンスを行ったり、受賞したアーティストの楽曲は、その後、ビ
ルボード・チャートで順位を上げる「逆効果」が見られることはあったようです。
ここで各誌記載のグラミー賞について、授賞年度の表記がまちまちであることに注意してください。
「第〇回(授賞式年)」とする場合と、「〇〇年度(対象期間の主要年)」とする場合があり、それが混
乱の大きな要因となっています。
先ず授賞対象となるアルバムに対してのノミネート対象期間と言うものが存在します。
例えば、1965年度のノミネート対象期間は1964年11月2日から65年11月1日の間にリリースされたアルバム
がグラミー賞の対象となり、授賞式は翌66年3月15日に執り行われています。
一般的には、ノミネート対象期間の主要年【1965年】のあとに66年の授賞式年の【第8回グラミー賞】と
表記されている。
混乱を防ぐには授賞式に合わせ【66年第8回グラミー賞】とする表記が個人的には望ましいと思う。
ウェスもこのグラミー賞にノミネートされたり、受賞したりで大いに録音芸術分野を賑わしてきたことか
ら、その全てを見てみると、グラミー賞は1958年に発足しているが、先ずウェスが初めてノミネートされ
た1965年から順次追ってみる。
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★第8回グラミー賞(8th Annual Grammy Awards)
ノミネート期間: 1964年11月2日〜65年11月11日 / 授賞式: 1966年3月15日
対象部門: 【Best Instrumental Jazz Performance-Large Group or Soloist with Large Group】
この部門で《Bumpin' /Wes Montgomery》がノミネートされたが授賞には至らなか
った。
ちなみに、ウィナーは《Ellington '66/Duke Ellington》でしたが、《Bumpin'》
は【Best Original Jazz Composition】の部門でもノミネートされていた。
ウェスはこの年、ヨーロッパ巡演後の5月8日にはNYの空港に着いて、5月16日休
む間もなく《Bumpin'》をレコーディングし9月某日にリリースしている。
つまり、11月1日にノミネート対象期間が締め切られたことから僅か2か月足らずで注目されたことになる。
リリースが早ければ授賞していたかも知れないというタラレバの話ではあるが。
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★第9回グラミー賞(9th Annual Grammy Awards)
ノミネート期間: 1965年11月2日〜66年11月1日 / 授賞式: 1967年3月2日
授賞部門: 【Best Instrumental Jazz Performance-Group or Soloist with Group】
前年逃がした同じ部門で66年3月リリースの《Goin' Out of My Head》は見事ウ
イナーに輝いた。
ビル・エヴァンスの《Intermodulation》や《with Symphony Orchestra》、それ
にスタン・ケントン、デューク・エリントンのアルバムもノミネートされていた
が、それらを下しての受賞となった。
〈Goin' Out of My Head〉のオリジナル・バージョンは、64年末にリトル・アン
ソニーとジ・インペリアスがヒットさせたポップスで65年のビルボート誌 "HOT 100" 部門では6位に輝
いたが、グラミー賞には至らなかった。
一方、カバー曲としてのウェスのこのアルバムはビルボート誌 "TOP Selling R&B LP's" 部門で66年3月
26日から8月27日の23週間連続チャートされ最高位7位まで駆け上がり100万枚以上の売上げを見せ、芸
術性にも高評価され見事グラミー賞を獲得した。
66年掲載されたビルボート誌に評価された曲が紹介されているが、アルバム収録の全ての楽曲ではなく個
々に評価されていることが判る。そのなかの3曲がウェスの自作であることに注目。
【最優秀インストゥルメンタル・ジャズ演奏賞】
《Goin' Out of My Head》ウェス・モンゴメリが録音したアルバム
・〈Goin' Out of My Head〉作曲:Teddy Randazzo / Bobby Weinstein
・〈0 Morro〉作曲:Antonio Carlos Jobim / Vinicws de Moraes
・〈Boss City〉作曲:ウェス・モンゴメリ
・〈Naptown Blues〉作曲:ウェス・モンゴメリ
・〈Chim Chim Cheree〉作曲:Richard M. Sherman / Robert B. Sherman
・〈Twisted Blues〉作曲:ウェス・モンゴメリ
・〈End of a Love Affair〉作曲:Edward C. Redding
 
受賞式は翌67年3月2日に行われ、同年5月3日放送の予定が繰り下げられ、24日(水)NBCテレビとラジ
オで9時から1時間の特番「ザ・ベスト・オン・レコード:ザ・グラミー・ショー」として人気コメディ
アンのボブ・ホープの番組枠内で放送された。
と言うことからテレビ収録は(授賞式の風景ではなく)おそらく3月以降4月までにニューヨークとハリウ
ッドで行われたが、ウェスはどちらだったのか説明がなかった。
ウェスの映像を見る限りレコードを聴きながら弾いている格好だけの様子が捉えられているが、その映像
・・ウェスがスタジオでレコード収録と同じ〈Goin' Out of My Head〉を弾いている姿・・は一般には販
売されていないが当サイトの "ウェスの映像" のコーナーでも画像のみ掲載している。
かたやラジオ放送用のレコードはアーティストとレコード会社の協力を得て、5月14日にテレビ局とラジ
オ局に配布されているが、その音源は・・ウェスを初め、ルイ・アームストロング、ビートルズ、レイ・
チャールズ、エラ・フィッツジェラルド等々・・リリースされたアルバムから寄せ集めたもので、新たに
レコーディングしたものではなかった。
とは言えこの異例のレコードは、「これはレコード会社の垣根を越えたものであるから一般公開はされず
販売は固く禁じられている」、と裏ジャケに注意書されてあるが、表ジャケやラベルには混乱の要因を招
く1966年と記載されている。
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★第10回グラミー賞(10th Annual Grammy Awards)
ノミネート期間: 1966年11月2日〜67年11月1日 / 授賞式: 1968年2月29日
この年該当なし、ノミネートもされなかったが《California Dreaming》と《The Dynamic Duo》がビルボ
ート誌の "TOP Selling Jazz LP's" で1位2位を競っていたが、芸術的な評価がされなかった選考委員
の目は厳しかったようだ。
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★第11回グラミー賞(11th Annual Grammy Awards)
ノミネート期間: 1967年11月2日〜68年11月1日 / 授賞式: 1969年3月12日
ウェスの黄金期、まさにA&Mの3部作《A Day in the Life》《Down Here on the Ground》《Road Song》
がノミネートされていた。
《A Day in the Life》はビルボート誌 "TOP Selling R&B LP's" 部門で32週間連続1位にチャートされ
が【Best Contemporary-Pop Performance, Instrumental】として〈Eleanor Rigby〉がノミネートされ
た。
シングル・カットまでされ売れた〈Windy〉ではなく、選考基準はあくまでもレコード売り上げや人気に
関係しないということですね。
そして、《Goin' Out of My Head》が授賞した同じ【Best Instrumental Jazz Performance-Large Group
or Soloist with Large Group】として《Down Here on the Ground》がノミネートされた。
さらに、ウェスの遺作となった《Road Song》は【Best Album Cover】として写真家:Pete Turner、そして
アート・ディレクタ: Sam Antupitがノミネートされた。
《Road Song》のジャケット写真はミズーリ州カンザスシティ国際空港に続く道路沿いのフェンスと言われ
ているが、本人はよく覚えていないと言うことから話半分に留めておいてください。
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★第12回グラミー賞(12th Annual Grammy Awards)
ノミネート期間: 1968年11月2日〜69年11月1日 / 授賞式: 1969年3月11日
授賞部門: 【Best Instrumental Jazz Performance, Small Group Or Soloist With Small Group】
見てのとおり、ウェスの死後1969年1月にリリースされた《Willow Weep for Me》
が授賞した。
ビル・エヴァンスとジェレミー・スタイグの《What's New》や、ハービー・マンの
《Memphis Underground》マイルス・デイヴィスの《In a Silent Way》などノミネ
ートされたこれらを下してのウィナーに輝いた。
この《Willow Weep for Me》は日本国内でも問題視される、といいますかケリー・
トリオとのライヴ演奏のままでよかったのに何故謎めいたストリングスを配したの
かと話題に挙がったが、「ジャズ批評No.90 ウェス・モンゴメリ大全集」の "塗り替えられたハーフ・ノー
ト・ライヴ" で当サイトがリリースに至る経緯を解明させた。
ヴァーヴは67-68年に売れに売れまくったウェス一連のA&Mレコードにあやかり、未発表のハーフ・ノート・
ライヴの録音テープにストリングスを被せたのですが、功を奏したという表現より濡れ手に粟、これが思わ
ぬ褒賞を獲得したのです。
この裏事情を全米レコード芸術科学アカデミー(NARAS)会員たちは知ってか知らぬか、おそらく誰も知ら
なかったと思われ、単にウェスの遺作として最高の評価を与えたことになるが、個人的にもミスマッチなス
トリングス感はなく巧妙に仕上がっており、あえていうなら「虎は死して皮残す」ウェスへの評価、内容の
評価は妥当なものと言える。
グラミー賞はこの第12回までは、NBCの "Best on Record" はディナー形式のショーとして授賞式の模様を
しかも幸いなことにカラーでスタジオ収録されたものが全米各地5か所同時に放送されていた。
しかし、扱いにくい規模に成長したことで翌年からはライヴ放送されることになり現在に至っている。

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