青春Go-Go(55歳)切符物語 2/3
2月15日(金)晴れ:
今日の予定は神田神保町を訪れたあと、夜はJR関内駅近くに
ある "Lazy Bones" でファンキィ&メロウ・ギタリストの杉本
篤彦バンドを観ることである。
先ず神保町へは、営団有楽町線に乗り桜田門駅で下車、江戸城
周辺を見学しながら軒並み続く古書店を尻目に白山通を北進し
ていたら、偶然にも昔からウェス・コレクションでお世話にな
った "トニィ・レコード" に出くわした。
老舗らしく整理されたジャンル棚を見渡したが目当てのものを見つけるようで、どうでもいいか
と、いう心境で2〜3探したたあと本来の目的である専修大前交差点付近に店舗を構えてまだ5
年足らずのジャズ・レコード専門店 "アディロン・ダック" の前に着いた。
細長いビルのエレベータに乗ると、ビル・エヴァンスの小気味
なピアノがかけられていた。
「初めまして、ウェスの件でお世話になっています徳井です」
驚かれた様子で「あっ、徳井さん。こちらこそお世話になって
います」、とレコード販売にはこだわりをモットーに、人柄は
気さくなマスターに電話取引だけのイメージを重ねつつ2時間
ほど話し込んでいた。
実際彼は年に数回アメリカ各地を奔走し "名盤・珍盤・奇盤"
を買い入れてはわがままななコレクターの期待に応じてきた。
「最近のコレクターは難しい注文をつけるので、本当に苦労しますよ」、と不況のあおりも負い
ながら生き残りに精進されていた。
私もその一人なんであまり他人のことをとやかく言えませんが、リクエストしていた念願のハン
プトン時代のSP盤で勿論ウェスがクレジットされているデッカ盤を貰い受けながら「これです
か、10枚のデッカ盤、ありがとうございます」、と1枚を取り上げるとまっさらであるベティ・
カーターのヴォーカルが入った《 The Hucklbuck/Decca 74897》をターンテーブルに載せた。
プチパチと古びたこの音の中にウェスが入っているのか、なんてひとり天井を仰ぎつつ咽んでい
た。
「このベティは意外とファンが多くてこのSP盤を欲しがっているコレクターがいるんですよ。
でも徳井さんもウェスが入っているので譲れませんよね」。
もちろん譲るわけにはいかない、ウォント・リストを渡してまる5年目にしてやっと入手してい
ただいた貴重盤「そんなに人気があるのですか」、「恐らくこんなよい状態での盤は2度とない
でしょうね」、と問答していて、「あっ、思い出したんですが、いま渋谷のパルコでウイリアム
・クラクストンの写真展が開催されているんですがご存知ですか?」と尋ねられ「もし興味がお
ありでしたら、この機会を利用して観に行かれたらどうです、地下鉄に乗れば直ぐですよ」との
薦めに手早くSP盤を荷造りし早速応じることにした。
渋谷の往来に大阪以上の人が溢れ、なかなか進めない苛立ちをおさえながらパルコ1号館をやっ
とのことで見つけた。
地下への階段を降りると直ぐに入場口があり、何人かがチケットを買っていた。
展示された30点ほどのモノクロ写真はパシフィック、コンテンポラリ・レコードなどのジャケッ
トにも使われたチェット・ベイカー、アート・ペッパー、ハンプトン・ホーズ、バーニィ・ケッ
セル等が中心であったが、モンク、コルトレーン、マイルスの大物写真も展示されてあった。
その中で私がいちばん早く目にしたものは "マスターサウンズ" にウェスが参加した《Kismet/
World Pacific WP-1243》の妖艶なジャケット、これもクラクストンの作品であったがウェスは
どこを探してもなかったのが寂しい、ま、そんなに期待もしていなかったが・・。
6時になって約束していた横浜特派員の青木氏と宿泊先である関内のワシントン・ホテルで会っ
た。
お互い初対面から「青木さん?」、「徳井さんですか」と感動の握手を交わし伊勢佐木町界隈に
ある "よいどれ伯爵" そして昨日宮之上氏の出演がキャンセルされた "エアジン" など有名なジ
ャズ・クラブのある場所を紹介されながら、広東料理の "生香園" で歓迎の夕食をご馳走になっ
た。
宮之上氏が出演していたら昨日も二人で観に行く予定でしたが「ダブル・ブッキングだったらし
く本当に残念でしたね」、と青木さんのせいでもないのに申し訳なさそうに謝られていたが、
「また次の機会の楽しみに残しておきましょう」と満腹のお腹にもかかわらず話しとビールがす
すんでいた。
彼とは、ウェスのことでメールや電話でよく話していたがやはりウェス談義に花が咲いたあと、
今夜のメインである8時からの杉本篤彦氏出演の "Lazy Bones" にも最後まで同席していただい
た。
ワシントン・ホテルの筋向かいにあり入口が分かりにくく探しあぐねたが、こじんまりと静かな
店内はすでに杉本氏と彼の専属メンバが待機しており、マスターから予約のいちばん良い席に通
された。
「杉本さん、徳井です」、「あっ、徳井さん、お待ちしておりました」、私は直ぐに分かったの
で挨拶を交わし「こちら横浜在住のジャズ・ファンで私と同じウェス好きな青木さんです」、と
少し話した後「そろそろファースト・ステージ始めますか」との掛け声にメンバ達はセッテング
された楽器のチューニングを確認していた。
「杉本さん、今日はウェスものもお願いします」とのリクエストに、「アコースティック・メン
バでないので何でもと言う訳にはいきませんが、演ってみます」と快く笑顔でステージに向かわ
れた。
杉本篤彦(Guitar)星牧人(Keybooards)大澤逸人(E.Bass)今村功司(Drums)
小林伊吹 (Percussions)
1stステージでは杉本氏のオリジナルの〈ノック・ミィ・アウト〉で始まり、中頃にウェスのオ
リジナルでA&Mの《ダウン・ヒア・オン・ザ・グラウンド》より〈アップ・アンド・アット・
イット〉をファンク調でビートを効かし、かなりエキサイティングに演って見せた。
1stステージが終わって早速対談に応じていただきました。
徳井:いや、こうして生演奏を聴かせていただきましたが実に "ファンキィ&メロウ" の看板に
偽りなしでしたね。
杉本:ありがとう御座います。
徳井:テーマからアドリブにかけてもメロウなんで、つい歌い出しそうでした。
杉本:歌詞こそありませんが、そのように言っていただければ嬉しいかぎりです。
徳井:前に、理想はインストで売れればいいとおっしゃっていましたが、この際ジョージ・ベン
ソンのようにヴォーカルもされては如何でしょう?
杉本:彼は特に歌も上手かったですよね・・・うーん。
徳井:オクターヴ奏法についてなんですが、ウェスと同じく親指を使われていますが・・見せて
いただけます?
杉本:まあ、ちょっと硬くなってますが、これはあまり良くないですね。外は柔らかいままの (
注:芯に硬いものが出来てる) ほうがいいですね。私の場合たまたま指が丸いので弾くと
きにうまく弦に当たってくれるんです。
青木:そして丁度ピックを親指と人差指で挟むように弾いておられますね。
杉本:シングル・トーンの場合親指だけで演るときもあるが、ほとんどは同時に人差指も使いま
すよ。
青木:えっ、ピックの裏返しのように親指と人差指を使われるんですか。
杉本:まあそうなんですが、ウェスの場合アップも親指なんで当りが弱くなり、ましてクラシッ
ク奏法だと人差指はアポヤンドになるか爪でかき鳴らすようになるので、指を合わせるこ
とで人差指は親指的な感覚で使えるんです。
徳井:そうなんですか、アップの場合人差指の腹を使われてたんですか。小さなピックを持たれ
てるのか、持っている風にされ全て親指で弾いているのかと思いました。
青木:つまり親指の肉質感と人差指の肉質感は同じということなんですね。
杉本:そうなんです。そのことによりアップの場合も親指と同じアタックのサウンドが得られる
と言う事なんです。
青木:誰も真似の出来ない奏法といことになりますね。
杉本:私も初めの頃ピックを使ってたんですが、偶然ある時ピックを落っことしちゃって親指を
使ったらまあまあ使えたんですよ。
青木:これは凄いことを伺いましたね。
杉本:そして本格的に親指奏法を練習したんですが、どうしてもアップのサウンドが気に入らな
くて人差指の併用を思いついたと言う訳なんです。
徳井:それから右手の動きがウェスとは違いますね。
杉本:そうですね、右手は固定というか支持はさせません。
徳井:じゃあピックガードは特に必要ないですね。
杉本:いえ支持はさせませんがやはり無いと感覚的に変ですから、結局ウェスの場合小指をピッ
クガードに引っ掛けて弾く感覚としては親指と小指で弦を挟み込むということなんでしょ
う。
徳井:なるほど、杉本さんはそれで高低差のある音程の弦をよく外しませんね。ところでウェス
を初めて聴いたきっかけはなんだったんですか。
杉本:かなり以前に聴いていたとは思うのですが、23〜24歳までウェスを知らなかったんです。
徳井:えっ、そうなんですか。
杉本:そう、で・・どちらかと言うと高中正義さんでしたね。ジョージ・ベンソンは聴いていま
したがそのころギターに関しては全くの素人でしたから・・それで神田にしばらくジャズ
・ギターを習いに行った事があって、そこでの練習曲に《ハーフ・ノート》に入っている
ブルーズの曲があったんです。
青木:〈ノー・ブルーズ〉ですか。
杉本:そう、他にもスタンダードの曲があったんですが、それがウェスでしたね。ところが初め
て買ったレコードが何故か〈ロード・ソング〉の入ったものなんです。(笑)
徳井:最高ですね、あっメンバのかたがお呼びですね。
ここで2ndステージが始まるため対談は中断となった。
そしてなんと1曲目に〈ジングルス〉をファンク調に仕立てたことに我々は思わず声をあげ、顔
を見合わせ "凄い" と叫んだ。
最後に青木氏のリクエストに応えソウル女性歌手のパッシー・スレッジが66年にヒットさせた、
〈男が女を愛する時〉でクライマックスを迎え杉本バンドの "ファンキィ&メロウ" なステージ
は閉幕となった。
青木:お疲れ様、素晴らしい乗りでしたね。(拍手)
〈ジングルス〉は1959年の作品なんですがそれをファンク調で演っていただいて、感激し
ました。天国のウェスもさぞ喜んでる事でしょう。
杉本:イギリスのプレイアーも演っていたと思うが、最初に聴いたのはやはりウェスのプレイで
したね。
青木:ウェスは何どもレコーディングしていますがどの時代のものだったのでしょう。
杉本:何だっけ・・ウェスが演っているビデオも観ましたが。
青木:当初ウェスもわりとスローで演っていたんですが、年代を重ねるごとにアップ・テンポに
変わっていきましたね。
杉本:そうなんですか。
このあと対談は続いたのですが、杉本氏のテクニックについてのみ掲載します。
徳井:最後に左手のフォームについてもお伺いしたいのですが、観ていて実にスムースに動かさ
れていますね。
青木:宮之上氏とも違った動きですが。
杉本:左手は肘の複雑骨折がもとで小指が思うように動かなくて、結果としてオクターヴを押え
るのは人差指と薬指なんです。
青木:そうですね、観ていてポジションの移動にも全く指使いは変わらなかったですね。ウェス
の場合人差指と薬指、人差指と小指を使い分けますが。
杉本:ですから、フォームが決まっているのであとは前後上下に滑らせるパターンですから、逆
にこのことが先ほど言われているスムースな動きになるんです。
徳井:じゃあ、中間弦のミュートは中指だけなんですか。
杉本:特に意識してませんが自然とそのようになってるのですかね。
徳井:本当に杉本さんのオクターヴは切れ味抜群なんですよ。やはりオクターヴの命ですね。切
れ味が悪いと総てにおいて良くない結果となりますから・・料理と同じですね。(笑)
いや今夜はとても "ファンキィ&メロウ" なプレイを聴かせていただきありがとう御座い
ました。また機会がありましたら是非観に来たいと思います。
最後に先月頂いた《Sugimoto Atsuhiko Greatest Hits》の "Funky 編" と "Mellow 編"
のCDジャケットにサインをお願いします。
杉本:お安い事です。また来てください。
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青木:楽しかったですね。
徳井:遅くまでお付き合いしていただいて申し訳ない。
青木:明日は横浜の名所旧跡をご案内しますので、10時に車でお迎にあがります。
徳井:楽しみにしています。お疲れ様でした。
戻る 続く
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