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04/07/03 St-Jean-Pied-de-Port(6:20)〜Roncesvalles(15:47) 27km 曇りのち晴れ

 Pyrenneaはなだらかな登りで確実に高度をかせいでくれる。山はいい、涼しくて、景色がよくって。
 いきなり「オラー」ブラジル人だ。「ボンジョルノ」イタリア人だ。あいさつに困る。「ボンジュール」でもないし。St-Jeanを100人以上の人がスタートしている。国籍もより雑多になった。若者が多くなった。
 山崎さんは長旅の疲れも見せず、着実にペースを守ってくれる。自転車でPyrennes越えをする人もいる。途中、毛刈りまじかな羊の群れや、馬の放牧場を過ぎると高度1344mのスペイン国境だ。国境の標識がある。EspanolではなくNavarraとあるのがおもしろい。
 自動車道の国境(1057m)でアイルランドからバイクで来た親子を見かけた。両親はボクサーツイン、息子と彼女はホンダのバイクで。こちらではタンデムの方が多いように思う。
スペイン初めての巡礼宿。宿泊申し込みの前に宗教とか交通手段とか簡単なアンケートを求められ巡礼者の証明であるパスポート(単なる集印帳、以降これがないと巡礼宿には泊まれない。)に印を押してもらって宿舎へ。5ユーロ。幅65cmの間隔で2段ベッドがぎっしり。数えてみると51×2。まるで、捕虜収容所。フランスにあったキッチンはない。
 皆さんの顔が無事Pyrennesを越えて誇らしく見える。
 Roncesvallesには修道院があり、有料(巡礼者割引あり)でCloister、Chapter hoseやRoyal mausoleumが見学できる。一見の価値あり。

05./07/03 Roncesvalles(6:40)〜Zuibr(i13:18) 22km 晴れ

 途中出会う人に国を聞くとブラジルが意外と多い。フランス、デンマーク、アイルランド。スペインが意外と少ない。イタリヤのグループもいる。昨日、Pyrennesの登りで追いつ追われつした連中だ。道端で休んでいると、その中の一人の女性がいきなりわたしのほほにほほをつけて挨拶してくれたのにはびっくりした。
 道はフランスに比べると格段に整備されているように思う。また、起伏も少ないようだ。ただ、フランスにあった道端の十字架やマリアの像をほとんど見かけなくなった。村々の教会もほとんど閉まっておりがっかりする。ここの人はフランスの村々で出会った人達の親しみはあまり感じられない。
 物価が安いのには助かる。ビールで比較するとおよそ1/2だ。
 写真は、きょうの巡礼宿。2段ベッドが16入っている。もう一つ、同じ大きさの部屋があり、そちらの方はテーブルがなく、ベッドがぎっしりつまっていた。その日は、中学生のグループが使っていた。
 「巡礼の道」を歩く体験学習だろうか?3ユーロ。
 夕方、庭で食事をしているとブラジル人2世の青年が仲間に入ってきたので、早速、例の質問をしてみた。「なぜ、巡礼の道を歩こうと思われたのですか?」「なんとなく。」「宗教はなんですか?」「クリスチャンです。」もっとも、スペインではそんなことを聞く人は誰もいないと思いますが。「ブラジル人の若者が多いのは何故ですか?」「???」「ブラジル人作家、パウロ・コエーリヨの本は読まれましたか?」「ブラジルの若者はよく読んでいる。」と答え、その影響かも知れないとも言っていた。

06/07/03 Zubiri(6:00)〜Pamplona(12:43)〜Cizur Minor(21:25) 24km 晴れ

 Pamlona手前4kmの街、Villavaに入ると、人々は上下白い服装、白い靴。腰と首に真紅の布を巻いた人々がバス停、バス停でいっぱいになっている。ビールを飲みにBarに入ると昼間から若者たちが酔っ払っている。
 Pamlonaの街に入ると見かける人はすべて同じ服装をしている。きょうからサン・フェルミン祭だ。例外は一部観光客だ。それも、上は白で首には赤い布を巻いている。街中の人が、大人も子供も楽しんでいる。服装一式を用意すれば変身して、祭りの中に入っていけそうな気がする。日程の関係でホテルをキャンセルしてしまったため、キャンプを考えたが近くにキャンプ場もなく、期待していた牛追いを見ずに(翌日、宿泊したPuete la Rainaのテレビで祭りの様子は堪能しました。)泣く泣く5kmはなれたCizurの巡礼宿へ。

07/07/03 Cizur Minor(7:35)〜Puente la Reina(14:12) 19km 晴れ

 未練たらしく、ここからPamlonaへの往復を考え、巡礼宿のおじさんにスペイン語で「わたしはここがとても気に入りました。もう一泊させてください。」言ってみたが、結果は「No」、たくさんの巡礼者がいるので連泊は出来ないとのこと。
 起伏の少ない道をたんたんと進む。遠くにひまわり畑が見える。しばらく行くと尾根筋に風力発電の風車が勢いよく回っている。ドンキホーテの国らしい。41まで数えたがその上はガスで見えない。
 道は穂刈をした麦畑の中を進む。通過する村は比較的新しいようだ。道はフランスのように何度も迂回させられるような感がないのがありがたい。でも、相変わらず巡礼の道らしい雰囲気がない。
 Puente la Reinaはフランスからの道、4つが合流するところだ。TOPページのPuente(橋) Romanicoで知られている。中心地の街並みは古いが新しい工法で補修されたところもあり、フランスの一部の街のように完全に保存されていない。4時過ぎにカテドラルにも行ってみたがここも扉が閉まっていた。8時前のミサの前にのぞいてみたが、とても部外者が入り込む余地はなかった。部外者ねえ?。わたしはともかく、フランスを歩いていた人達はどう感じるのだろうか?
 スペインに入って、まだ、4日目だが、巡礼道を歩いている人とは交流があるが、土地の人とには疎外感がある。フランスでBarに入ってマスターがわれわれが日本人だと分かると他のお客さんにわれわれを紹介してくれたのが懐かしい。
 明日は休養日だ。

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