《The Complete Full House Recordings/Craft Recordings CR00682》
11月にクラフト・レコード(Craft Recordings)はウェス・モンゴメリ生誕100周年を記念しエク
スパンデッド・エディション《The Complete Full House Recordings/CR00682》と題し、
"Coffee House Tsubo"での全セッションを2枚組CD(後日3枚組LPもリリース)にまとめ先行リリ
ースさせた。
収録されているのは、オリジナル・アルバム《Full House/Riversid RLP-434》の6曲に加え、
既発売の《The Alternative/Milestone M-47065》から〈Come Rain Or Come Shine-take 1〉
〈S.O.S. -take 2〉〈Born To Be Blue-take 2〉の3曲、
《The Complete Riverside Recordings/Riverside 12RCD-4408-2》から
〈Blue 'N' Boogie-take 1〉〈Cariba-take 1〉〈Born To Be Blue-take 1〉の3曲、それに、
このアルバムの目玉となる〈Full House〉と〈S.O.S〉の未発表テイク、全14曲である。
ライナー・ノーツには"Coffee House Tsubo"の看板や、会場内の雰囲気が伝わる写真も織り込
まれてあるが、何故かジャケット裏に〈Full House〉のオリジナル・アルバム・テイクと未発表
テイクについて、プロデューサの短いコメントが書かれてある。
「〈Disc 1〉に収録のオリジナル・アルバムの〈Full House〉は2つのテイクを合成したもので
あり、ウェスのギター・ソロ部分は別のテイクのものが使われていましたが、〈Disc 2〉に収録
した〈Full House〉は編集されていない完全なマスター・テイクであり、ウェスが演奏した本来
のソロが復元されています」と、気を惹かせる宣伝である。
(注: 分かり易く言うと、オリジナル・アルバムのテイクとして収録されるべきものを見つけた、
ということです)
それで、聴き慣れたオリジナル・アルバムの〈Full House〉が合成されていた、本当に? と、い
うことで改めて念入りに聴き直してみたが、不自然さや違和感など微塵も感じられないし、音楽
的にも完璧であり、合成・編集された音源とは思えない。
当時の技術では、2つのテイクを合成する(編集して1つのテイクにする)にはアナログ・テー
プを物理的に切り繋ぎ(cut and paste)してテイクをつなぎ合わせるのだが、このときどうして
も何らかの痕跡が残り、演奏の流れから何らかの違和感を感じたりするものだ。
仮に合成されたものであったとしたらそれは「神業的な合成」と言える。
そして注目の〈Disc 2〉に収録された〈Full House〉7分22秒の未発表だが、オリジナル・アルバ
ムのテイク9分18秒と比べ短めであることは聴いてすぐに分かった。
ウェス自身の作曲による〈Full House〉は短調Fmの3/4拍子で、その上での実際の演奏構成を示すと
次のようになる。
【A】オリジナル・アルバム・テイク/9分18秒: 以下【A】と表記する。
[イントロ]+[テーマ]+[ウェス3コーラスのソロ]+[グリフィン2コーラス]+[ケリー2コーラ
ス]+[テーマ]+[アウトロ]
【B】未編集・未発表テイク/7分22秒: 以下【B】と表記する。
[イントロ]+[テーマ]+[ウェス1コーラスのソロ]+[グリフィン2コーラス]+[ケリー2コーラ
ス]+[テーマ]+[アウトロ]
【B】の演奏を聴いてすぐさまその不自然なところに気づいた。
@ オリジナル・アルバム【A】でのウェスは3コーラスのソロを弾くが、この未発表テイクではた
ったの1コーラスで終わっている。何故?
A ウェスのソロの出だしてグリフィンのトーンが2秒間ほど聴きとれる。何故?
B ウェスのソロの終わりの最後の一音がその前のフレーズと連続していない(不自然に途切れてい
る)。何故?
AとBから合わせて言えることは、「未編集」と謳っているがこのテイクは「編集」が施されている
と思われ、極めて不自然さを感じる。
ちなみにウェスの@ソロ部以外(イントロ、最初のテーマ、グリフィンのソロ、ケリーのソロ、後テ
ーマ、アウトロ)は【A】とまったく同じ演奏である。
結果、聴きなれた【A】こそが本来の未編集テイクであり、【B】はオリジナル・テイクのウェスのソ
ロ部を別のテイクに差し替えた〈合成・編集テイク〉であることが浮かびあがった。
言い換えれば、【B】の [ウェス1コーラスのソロ] の部分は【C】としての別テイクが存在し、その
ソロ部を切り取り【B】としたと言える。
ただ、【B】の未発表テイクが未編集とされるのはクラフト・レコードがマスター・テープを入手した
段階で既にそのような状態であったのか、合成・編集されたのはリヴァーサイド・レコードまで遡っ
てどの時点で行われたかの詳細は謎のままで、その判断は諸兄の想像にお任せする。
私の判断としては、事実が判明していない状況でこの【B】未編集・未発表テイク/7分22秒をディス
コグラフィに加えることはあり得ません。
不自然さの探求はさておき、《コンプリート・フルハウス》盤のもうひとつの目玉は〈S.O.S. take-1〉
である。これは正真正銘の未発表テイクである。
これは12枚組CDの《コンプリート・リヴァーサイド・レコーディング/Riverside 12RCD-4408-2》では
収録されなかったのですが、キープニュースの見落としなのか判断なのか、あるいはクラフト・レコー
ドが発見したのか、そうであるなら褒めたたえなければなりません。
ビル・ミルコウスキのライナー・ノーツを要約すると、「これまで未発表だった〈S.O.S. take-1〉は、
グリフィンが冒頭部でちょっとしくじっているが、ソロでは激しく燃えるようなプレイを披露している。
ウェスのソロはシングルトーンに終始し、オクターブやコード弾きを封印している。続くケリーのピア
ノ・ソロはスウィング感に溢れているが、残念ながらやや音量が小さく全体の中で埋もれている。
チェンバースの卓越したウォーキング・ベースのラインは圧巻だ。
続くドラムスとの4小節交換ではコブのドラム・ソロがエネルギッシュでヒップだ。
このテイクは全体としては迫力に満ちでいるものの欠点もいくつかあり、アルバムのリリース時にはキ
ープニュースに選ばれなかった。
既に《Alternative Wes Montgomery/Milestone M-47065》で日の目を見ている〈S.O.S. take-2〉は全員
が難しい冒頭テーマを事もなげに演奏している。
グリフィンはチェンバースのどっしりとしたベースに支えられて冒頭から激しく吹きまくる。
ウェスのソロは多少滑らかさを欠き、カミソリの切れ味とまでは行かないので、文句なしの場外ホーム
ランというよりは左中間への大きな二塁打と言ったところだ。
ケリーのソロは熱く、それに続くグリフィン、コブ、ウェスによる速射砲のようなの4小節交換は圧巻
である。
しかし、それでも私は〈take-2〉より〈オリジナル・アルバムに収録された〈take-3〉のほうを選ぶ。
キープニューズは正しい選択をしたのである」と、説明している。
ノン・アルコールの"Coffee House Tsubo"は、1961年カリフォルニア大学バークレイ校から1km余りの
テレグラフ・アヴェニュー2901番地に開店した。
ウェスは、モンゴメリ・ブラザーズ結成以後、既に移住していた兄弟の住む西海岸、おそらくサンフラ
ンシスコ近辺に家族ごと移住(一時的であった)し活動するなか、「兄弟たちとバークレーにあるコーヒ
ー・ハウスから毎月曜の出演依頼を請けた」とウェスからキープニュースへ報告したことがあったのも
この頃と思う。
そして62年6月25日、店の隅々まで把握しているこのステージでウィントン・ケリー・トリオとサック
スのジョニー・グリフィンと共に運命的なライヴ・セッションが展開された。
キープニュースは「ライヴ・レコーデイングの当日午後にリハーサルが行われ、曲数は7曲と決めたこ
とから1曲にたいして2〜3テイク演奏する事になった。ライヴ録りのエンジニアには適任のウォーリ
ー・ヘイダーが簡単ではないこの作業に協力してくれたことで万事うまくいった。」と、生前に回想し
ている。(注: 7曲目の〈Born To Be Blue〉はオリジナル・アルバムでは未収録となった。
その〈take-1〉では、最後のエンディングでメンバーの呼吸がまったく合わず、「あ、失敗だ」みたい
な尻切れトンボな終わり方になって、みんなで笑っている。このように没になったテイクも消さずに残
されているというのも事実です。
ですから【B】や【C】が残されていたとしても不思議ではないことになる。)
ミルコウスキは、「この僅か4ヵ月後の62年10月15日をもって"Coffee House Tsubo"はその幕を降ろした」
と説明し、62年10月21日付のオークランド・トリビューン紙のコラム "ワールド・オブ・ジャズ" で、
ラス・ウィルソンの記事を採り上げ「閉店によりオーナーのグレン・ロスは、負債により清潔かつ快適で
魅力的な装飾が施された、アメリカン・ジャズ・ルームを運営するという彼の長年の夢をも失わせた、こ
のクラブは未成年者も利用でき、地域社会のニーズを満たしていると考えていた常連さんたちにとっては、
誠に残念なことである」と紹介し、締めくくった。
12月2日追記:
キープニュースの回想話の続きとして・・ウェスがサンフランシスコに滞在していることから、キープニ
ュースは「"Coffee House Tsubo"でのライヴ録りを計画してメンバーを当たるうち、丁度マイルス・デイ
ヴィスが "ブラツク・ホーク" に出演すると聞いて共演のウィントン・ケリーに連絡を入れたんだ。
このときのベースはポール・チェンバース、ドラムスはジミー・コブ、うけること間違いなしと思ってい
たらケリーから返事があって・・マイルスが狂乱のごとく反対している・・と言ってきたよ」、と言う。
どうやら、キープニュースはマイルスも含めて要請したらしくケリーに「俺(マイルス)は参加しないと伝
えさせた」と、回想している。うーん、それは確かにお怒りごもっともなことです。
ダウンビート誌 1962年7月19日号によると、6月24日(日)と25日(月)の2日間、ウェスはバークレイに
あるカフェ・ハウス "ツボ" にてジョニィ・グリフィンとのセッションを成功させた、とある。
24日はレコーディングされなかったと思われるが、好評だったことから次週もウェスは出演しているがメ
ンバーの詳細は不明で当然レコーディングもされていないと思う。
参考までにモンゴメリ・ブラザーズは4月で解散している。
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