2001年 オヤジの日々雑感

 

◆はじめに・・・

 最低週1本というところから始めた昨年の日々雑感だったが、最後の最後、年末2週間はついに息切れしてしまった。

 新世紀最初の年の今年こそ、自分に課した最低週1本のノルマは達成しよう。
 書式は昨年と同じ、付け足し易いように、今後は、画面上で日付が遡るカタチになる。即ち、このすぐ下が最新の雑感である。


2001年12月22日(土)

 世間が今年最後の3連休というところだろうが、オヤジのところは出勤日。休日ダイヤで空いた電車での通勤には、何か寂しさを感じる。実はオヤジの会社でも出勤だったのは、近隣ではオヤジの事業所だけだが、こう言う時は外からの電話も、社内の電話やメールも無く、考えようによっては自分の業務に没頭できるメリットもある。
 今年は、結局年末ジャンボを買いそびれてしまった。アッと気づいたのは、発売最終日の昨日の夜になってから。参加しなければ、確率は確実にゼロ。やはり、また次の機会などと先延ばしにせずに、その場で買っておくべきだった。これは全てに通じる。仕事も後でやろうではなく、その時に、すぐ取り組むことだ。次のジャンボはいつだろう?
 今年もあと一週間余り。このHPの来年の構想も練らなければ・・・。

 

2001年12月14日(土)

 皆様のお声に支えられ、発泡酒の増税は見送りになり、ようやく、小手先の付け刃でなく、来年度は酒税全般の見直しの方向となった。とはいえ、総体として増税の方向には変わりなかろうが・・・
 それにしても、目先に囚われる国民性なんだ。決して、官僚だけでなく、民間企業だって五十歩百歩。今日は疲れているので、取り急ぎ一言だけ。

 

2001年12月7日(土)

 今週の火曜日に、街頭で発泡酒増税反対の署名活動に参加した。夕方のわずか2時間であったが、570名の署名が集まった。こういう時は、オバサマ方や普段頼りなさそうなフリーターっぽいオニイチャンなんかの方が、気軽に応じてくれる。スーツにネクタイのサラリーマン風オジサンは、全然ダメ。すまし顔に急ぎ足でサっと通り過ぎる。カッコ付けなのか、会社の手前なのか、いくら忙しそうに歩いていても、夕方5時過ぎの繁華街でのお話。どうみてもお仕事で歩いているとは思えませんわ。
 おりしも、その日の昼過ぎに小泉首相が増税に否定的なコメントを出していたが、マスコミの関心も高く、テレビ局も2社取材に来ていた。そのうち、1社は実際に夕方のローカルニュースで流れ、オヤジのデカイ顔が画面いっぱいに映し出された。画面からはみ出なくて良かった。
 それにしても財務省の懲りない面々は、相変わらず「同種同等のものには、同率課税」をバカの一つ覚えのように、またそれだけを大義名分として、2段階増税案を出してきた。これがエリート官僚の発想だとしたら、お粗末千万、下手な時代劇の悪代官よりも悪徳だ。
 まあ、エリート官僚は、自分の金で酒を飲まないのだろう。
 そして、金勘定を合わせるために、とりやすいところからとろうという、いかにも自分達は絶対路頭に迷わない安パイにあぐらをかきつつ、官庁の枠組でがんじがらめになって一人では何もできなくなった人たちなんだ・・・そう思うと、むしろ哀れなもんだ。

 

2001年12月1日(土)

 いくら再放送だからといって、テレビドラマを打ち切ってまで騒ぐことか。サスペンスもののこれから謎解きというところだっただけに、なんとも腹立たしいことである。
 雅子様のご出産に関してのマスコミ、特にテレビ各社の姿勢は、あまりに画一的でクドイ。とりあえずは、字幕のニュース速報で十分ではないか。ねぇ、Yテレビさんよ。
 おまけに速報性を重視する余りに、中味の無い同じことを何回も繰り返すだけ。画面は前夜の入院の際の画像が何十回となく反復され、宮内庁病院前の記者もくだらない報告に終始、某国営放送アナウンサーなどは「雅子様が女のお子さまをご出産になりました。」と連呼するだけ、なんと芸の無いことよ。
 それにしても「女のお子さま」という言葉に、違和感を感じるのはオヤジだけだろうか。放送用語は難しいものだ。皇室は、生まれた時から敬われなければいけないのだ。これからどんな人生を歩むのか、どんな性格になるのか、全てが白紙の状態。でも「血筋」だから敬われなければいけない。
 周りの喧騒を他所に、彼女はすやすやと眠っているに違いない。

 

2001年11月24日(土)

 日経ビジネスの最新号に、理不尽な税金の一つとして発泡酒増税のことが記事になっている。前のページにはガソリン税についても書かれているが、酒税と同様、これにも消費税がかけられている。つまり、このあたりの税を増税すれば、消費税も増収になる。単価が安いので見逃しがちだが、立派な二重課税であり、極めて阿漕である。
 記事にもあるように、発泡酒について政府はビールとの公平性を盛んに主張するが、諸外国と比較した場合のビール税そのものの高税率の不公平性については一切口を閉ざしたままである。
 まさに目先の増収に固執した詭弁なのだが、さりとて、ビール業界も発泡酒増税反対ではまとまりつつも、実際の業界内競争になると、その視点は目先そのもの。お客様のためだか、会社のメンツのためだか、時によく解らない施策が出てくることもある。
 結局は、見た目にもおいしそうで、飲みたくなって、実際に買って飲んでみたら本当においしくて、「ああ幸せ・・・」とお客様に、他社製品以上に感じていただけるような商品を出せば、いいことなのだが、高度成長とともに育った団塊のリーダー達は、どうも力技に頼りがちに思える。もう、世の中の価値尺度はとっくに変わっていることは、売場に立てば見えるのに。

 

2001年11月18日(日)

 実は、今日はオヤジの41回目の誕生日。昨年は、ターニングポイント・コンサートなるものをやって、40歳の人生の折返し点イベントとした。今年は、たまたまその時のメンバーの依頼で、とある小学校のPTA行事のコンサートをやった。
 クラシックは冒頭にアイネクライネ1曲だけ、あとは今大流行の「千と千尋の神隠し」のテーマソングなどアレンジものを中心に、お話も交えて1時間ほどのコンサートであった。
 話に聞くと、やや学級崩壊の学年もあるということで、当初はコンサートは児童は入れないとの話であったが、フタを開けると約半分が児童であった。勿論、崩壊に関わるような児童がいなかったこともあるが、聴く態度は下手な大人のオタクより余程マシ。むしろ、あまりの真剣な聴く態度にこちらが、その気配に上がってしまった。
 金管楽器など他の楽器と違い、弦楽器は身近なようで、普段実物に接する事があまり無いのかもしれない。また、手前味噌ながら、クラシックそのものより、アレンジによってクラシックっぽいものをプログラムの中心にしたことも良かったに違いない。
 オヤジも結構、こういったコンサートにはまりそう。話の次元が違い過ぎるかもしれないが、ボストンポップスが人気だったのも今更ながら理解できる。(ちょっと飛び過ぎか・・・)

 

2001年11月10日(土)

 土曜日の朝、久しぶりに極度の二日酔い。気持ちはそれほど悪くは無いが、頭がガンガンする。昨夜のビール、日本酒、ワインのチャンポンが予想通り効いている。
 植木等じゃないが、「分かっちゃいるけど、やめられない。」。今日はこれで精一杯!

 

2001年11月3日(土)

 セレッソ大阪のJ2降格が決定した。一方で、優勝争いはジュビロ磐田と鹿嶋アントラーズに絞られた。
 7年前のJリーグ発足時に開幕カードとして組まれたのは、当時の黄金カードである横浜マリノス(現・横浜Fマリノス)とヴェルディ川崎(現:東京ヴェルディ1969)であった。この2チームが今、セレッソに続いてJ2降格の危機に喘いでいる。
 前身の日本リーグ時代に2部の方が多かった磐田、鹿嶋と一部の上位勢だった横浜、川崎のこの対照的な現状は、一体何に起因しているのか。
 オヤジが考えるところ、目先の結果に拘り一喜一憂してきたか、目先のマイナスは多少目をつぶりながらも、中長期の視点で取り組んできたかの差にあるに違いない。企業活動とて同様、他のプロスポーツの栄枯盛衰も同様であろう。
 だからといって、中長期で取り組めば必ず成功するという保証はない。全ては、立てた仮説にかかってくるのである。仮説は事実から作られる。つまり、いかに現実、事実を直視したかということからしか、成功に繋がる仮説は生まれないとオヤジは信じる。
 そして、その成功を持続発展させられるかも、その時その時の事実を直視しつつ、大胆な仮説を立てて、その仮説検証のために必要な変革を為せているかにかかっているのだ。

 

2001年10月28日(日)

 今日の朝日新聞に玩具のタカラのベイブレードの話題が載っていた。オヤジの息子も勿論はまっている。遊戯王とベイブレードの2つに専ら夢中である。倒産同然のタカラがこのベイブレード一発で息を吹き返した。まさに、「売れる商品」の賜物である。
 この話の中で、最年少取締役の真下さんという方が、街中の玩具屋で働いてレジをうっている時に、子供が単価の安いものをよく買うということに気づいたことがきっかけだったと言っている。「買い足し、集める楽しさ。友達との遊びの接点というのが長いブームを呼ぶのではないか。」これはまさに売場に立っているときに見えた「仮説」である。
 オヤジは、この4年間会社で言い続けてきた「売場に立つと見えてくる」が、まさにここにあった。仮説の中で生まれたベーゴマの現代版ベイブレードである。

 今、マーケットはとりあえず商品で埋め尽されている。かつてのように、条件一本で押し込みまくっても、瞬間風速の数量稼ぎにこそなれ、すぐに壁に突き当たり、条件だけがうなぎ上りになる。安いことはうれしいが、誰でもすぐ真似ができることで、結局は条件合戦がエスカレートしてしまうだけのだ。
 必要なのは、買わせることでなく、買いたくなるような商品、サービスを提供すること。既存の発想で埋め尽くされたマーケットにもまだまだ隙間や余地があること、本当に欲しいものが無いと体中で情報発信してくれるお客様が売場にいるのだ。
 「売場に立つと見えてくる」はずだ。決してベイブレードは、特殊な成功例ではない。

 

2001年10月24日(水)

 アフガンを空襲するアメリカの民間人に対する誤爆と、アメリカの同時テロとは何が違うのだろうか?権力と関係の無い一般人が、ある日突然に生きる権利を強奪される。その本質は何も違いはしない。
 アメリカ人とは何か。アメリカ人にイスラム教徒はいないのか。イスラムはアメリカ人を殺害する権利があると主張するビンラディンの理屈は、国家とその権力者、それと日々賢明に生きる民間人を十把人からげにしている点で、およそ宗教の仮面を被っていても、その実は一方の権力者としてのエゴに過ぎないことは、明白である。
 結局、人殺しを正当化しようとするのが、どんな宗教の仮面を被っていてもエゴイスティックな権力者の常なのだ。彼らは、権力者であっても、リーダーではない。

 

2001年10月21日(日)

 先週から、マリナーズの試合結果に一喜一憂である。というのも、オヤジの会社がやっている主力商品のマリナーズグッズプレゼントキャンペーンの盛り上がりも、マリナーズの頑張り次第で大きく差が出てくるからだ。
 プレーオフからインディアンスに先に王手をかけられて崖っぷちに立ったが、連勝でなんとかリーグチャンピョン決定戦に進んだ。しかし、チャンピョン決定戦の相手は、昨年もやられたヤンキース。いきなり本拠地シアトルでヤンキースに連敗した。過去、本拠地で初戦から連敗したチームが優勝したことはないということだが、前例など覆るためにあるものだ。今朝は、敵地ニューヨークで勝って1勝2敗となった。勝負は最後まで判らない。
 今週も午前中は試合結果に一喜一憂である。第7戦までもつれて勝てば、今週末は給料日後の土日。ガツンとマリナーズ様様でガツンと巻き返したいところだ。

 

2001年10月14日(日)

 アフタニスタンの日々の情勢を見る度に暗澹たる想いになる人は多いだろう。力の報復は、結局力の報復しか呼ばないのは、初めからわかっているのだ。わかっていても、力を誇示しようとしてしまう人間、やはり弱い存在なのだ。
 近代史上、自国土で戦争を経験したことのない唯一の先進国アメリカが、同時テロによって、初めて自国が脅威にさらされている。それだけに、反応は感情的で、刹那的に感じる。戦争状態ではないが、明らかにその後の炭そ菌の事件もあり、緊張に満ちた事態となっている中での国民感情及び、その反応には無関心ではいられない権力者達による、力だけに頼る言動が目立つ。
 何時終わるかも見えない戦争。今までの国際構造とは異なる、宗教が大きく絡む、非論理性の対立。イスラム教VSキリスト教のように捉えがちだが、どちらの神も人間同士が対立して戦うことなど望んでいないはずだ。
 それこそ、人類に英知、国際社会の良識が問われようとしている。ノーベル平和賞が、この時期に「国連」と「国連事務総長」に与えられるのは、決して実績に対してではなく、まさしくその役割に対する期待に違いない。

 

2001年10月11日(木)

 「テルミン」という楽器をご存知だろうか。最近、多くのメディアで紹介されたり、映画でも上映中ということもあり、今、注目の「世界最古の電子楽器」である。
 1920年、ロシアの天才物理学者レフ・セルゲイヴィッチ・テルミンによって、世界最古の電子楽器「テルミン」は発明された。この「テルミン」は、空間にかざした手の動きによって、二本のアンテナから発信される弱電磁波の変化を音の変化とリズムに変換するという原理で、楽器に直接触れることなく演奏するというとても不思議な楽器で、電子楽器とは思えない、人間的な、心癒される音を醸し出す。
 一昨日、ひょんなことから、日本のテルミニストの第一人者である竹内正実氏のコンサートが大阪であり、最近「テルミン」に興味津々の会社の同期と聴きに行った。
 勿論、生で聴くのは初めてだったが、まさに電子楽器ながら、人間の声に近い音である。電子楽器というとどうも人工的、無機質という先入観を持ちがちだが、かつて作曲家の黛敏郎が、電子音楽の創作に関してコメントを求められた時、電気はれっきとした自然のエネルギーであり、馬の毛を羊の腸とこすり合わせる(弦楽器の発音原理)と何も違わないと返したという逸話を思い出した。

 ちなみに、コンサート後に二人で飲みに行ったのは、今更言うまでも無いか・・・

 

2001年10月8日(月)

 日々雑感と言いながら、最近最低ノルマに甘んじて「週末雑感」になっているなと思いつつ、この3連休も最後の日の夕方にようやくこうやって雑感をアップしている。
 ついにブッシュは、「パンドラの箱」を開けてしまった。報復が報復を呼ぶ歴史を今まで幾度と無く見てきているはずのに。
 オヤジの家から小さな公園一つ隔てたところにアメリカ総領事の住宅がある。勿論、警戒はさらに物々しくなっている。仮に、そこが爆破されたら、少なくともウチの窓ガラスも間違い無く割れるだろうな。

 

2001年9月29日(土)

 昨夜は、部の送別会だった。物理的には、同じフロアで30mほど東へ移動するだけだし、仕事もかなり関わりの深いものなので、いわゆる引越しを伴う人とは感覚が大分異なる。増してや、オヤジ自身、こういった異動は初めてなので、ますます「異動」という感覚は無い。
 それにしても、部長自ら幹事を勝手出て仕切る部署は、おそらくこの会社には他には無いだろう。他の企業でも部の送別会で部長自ら幹事、司会をするような部署は、少ないに違いない。
 久しぶりの乱痴気騒ぎであったが、それでも4年前にこの部署に赴任してきた当時の破天荒さは無い。その当時はハッキリ言ってコワイものがあった。部長もオヤジも、少しずつながら入れ替わってきたメンバーも、それぞれ歳を重ねて疲れて(?)いるのだ。

 

2001年9月23日(日)

 昨夜の10時過ぎのことだ。パジャマにも着替え、あとは寝酒をチビリチビリやりながらテレビでもみようとくつろいでいた時に電話がなった。酔ってご機嫌の会社の同期からだ。そこには今、松山にいる同期もいっしょだという。この松山にいる同期は、入社時に同じ場所に赴任し、彼が先に転勤するまでの3年間、仕事も遊びも、勿論飲みもいっしょにやった奴だった。
 かなり迷った末、もう一度着替えて、深夜の梅田に向った。泥酔した連中に酔いでは追いつけなかったが、集中的にかなり飲んで、結構マジで話して、帰宅したのは3時前だった。疲れたが、行って良かった。これから一層この同期の共時性の繋がりが大切になるに違いない。
 さて、そこで先週のアメリカのテロが話題になった。やはり、総じて今のブッシュのやり方には賛意を示していない。最初に電話をかけてきた泥酔同期はこういった「ブッシュが、単身アフガンに乗り込んで、タリバーンの指導者とサシで交渉すべきだ。」。
 そう、ブッシュはアメリカ国内を、また同盟国と言われる西側諸国を煽っておいて、やはり自ら個人は、リスクを冒そうとはしていないように見える。

 やられたらやり返す。一見当たり前のようだが、今回の相手は、実態として国家ではない宗教のみを拠り所とする一種の狂信武力集団である。戦争に正常も不正常も無いとはいえ、国際法に基づくルールを全く守る意思の無い集団に対しての武力行使は、結局、やっかいな宗教的復讐の連鎖を起こすだけだということを、アメリカの権力者ほど認識しようとはしてしない。
 威信のぶつかり合いで血を流し、犠牲になる多くは、その集団とは無縁の今の生活を大事にしたい民衆なのだ。今日、久しぶりに教会に行ったが、そこでアメリカ聖公会の総裁主教の声明文が配布されていた。その一節から・・・

 「我が国大統領は、これらの陰険で邪悪な行為に責任ある人々を捜索して処罰せずにはおかないと誓約しています。多くの人々も報復を口にしています。私にとって、今この時ほど信仰者である民が、福音と教会の使命のゆえに、私たち自身から始めるべき人間の心の平和と変革に関わる者として召されているということが明らかになったことはありません。私は憤怒や報復という感情を覚えないわけではありませんが、そのように彼らに立ち向かうことは、私が消滅と克服を祈り求める、暴力そのものを永続させることになるのを知っているのです。」

 イスラムとて、本来の想いはこれと同じであるはずだ。

 

2001年9月16日(日)

 先週は、火曜日から飲み会続き、週末の職場の慰安旅行(今ごろ時代遅れとお感じでしょうが)でピークを迎えた。あ〜あ、疲れた。一日遅れで筋肉痛が出るのもトシの証拠。
 飲み会連荘初日の火曜夜、ベロベロに酔っている中で、アメリカの同時多発テロを知った。最初は飲み屋のラジオだったので、ビルに飛行機がぶつかったといってもピンと来なかった。このことに適当な語句を思いつく事ができない。幸か不幸か、やはりオヤジにはまだ他人事、画面の中の世界でしかない。映画などではない現実だと言われても、テレビを通じてしか触れることができないだけに現実感に乏しいのである。

 むしろ、現実感といえば、マイカルの事実上倒産の方が余程現実的であった。金曜日の午後、営業車のラジオで聴いたとか、インターネットで出ていたとか、憶測で情報が錯綜した。たまたま、オヤジの会社は週末に全国のマイカルの主要店舗での店頭試飲会を予定していたため、店は営業を続けるというが、ベンダーは商品の納入を止めるという、そんな混沌とした状況の中で、その試飲会を予定どおり実施すべきか否か判断を迫られた。全国本部を担当するメンバーは、マイカル本部商品部、あるいは納入ベンダー担当者との連絡や、試飲会手配のキャンセル、各地区担当者への連絡等、大変だった。最終的には、直接マイカルと取引関係にあるベンダーの意向を尊重し、中止となった。
 ここでの担当者の大変さは、実はこれだけではない。社内や他の関係先からの問合せへの応対である。どうもオヤジの会社は酒販店を相手にした商売が長かっただけに、担当者が担当先のことを何でも把握していて当然という風潮がある。
 勿論、本部担当としては、情報収集の上で得意先を把握する事は当たり前の職務なのだが、相手も巨大な一部上場企業であり、通常の窓口はお互いにサラリーマンの担当者同士である。またビール会社の位置付けが大きかった酒販店とは違い、マイカルにとっては、オヤジの会社など数千なり万ある取引先の一つに過ぎない。それとて、直接の取引は帳合であるベンダーを通じてであって、債権債務の関係にはないのだ。つまり、決して小さい関係ではないが、特別に大きな関係でもないのだ。
 そんなところに、本部担当部署なのだからマスコミ発表にもなっていない様々な情報をも把握していて当然とばかり、今どうなっているんだとか、これからどうすれば良いのかと問い合わせをしてくる。思わず、担当のメンバーが電話口で丁寧に対応している横で、「そんなことマイカルの社員だって判らないことが、こっちで判るワケねぇだろ、アホ!」と思わず毒づいていた。

 

2001年9月10日(月)

 昨日、芦響の定期演奏会は無事終了した。
 プログラムとしては、あまりシロト向けでなく、3曲プロのうち2曲は静かにディミヌエンドで曲が終わるのだが、芦響を聴きに来てくださる聴衆はキチっと指揮者が音楽を終えて弛緩するまでの余韻を楽しむ術を心得ておられ、このレベルの高さに幸せを感じた次第である。
 まあ、アマチュアオケであるから、知人を見にくる(聴くのではない)ことが目的のホントのシロトさん、アマチュアだからといわず好きな音楽を聞きに来てくださるクロトの方の2つに聴衆の方々を乱暴ながら大別できる。シロトさんは、まさにどこで曲が終わったのかという意味合いで出足が遅れるのだろうが、やはり良識あるクロトさんがリードして余韻を十分楽しんでくださる。
 これが、オヤジが定期会員の大フィルだと、必ずこの余韻を打ち破り「ブラボー」などと罵声を上げたり、余韻のスタートすら許さずに最後の音が終わるか終わらぬうちに拍手をしかける中途半端な「マニア」に、時には「その音楽会の価値」すら奪われてしまうのである。
 音楽は音だけを楽しむものではない。音が中心に存在するからこそ、「余韻」あるいは「無音」の状態に贅沢な「価値」が付加される。知ったかぶりでなく、本当に音楽を好きな人達に聴いていただけること、これもまたアマチュアの贅沢、喜びに違いない。

 

2001年9月1日(土)

 今年も「秋味」が発売されている。「秋」という季節感とはほど遠い8月下旬の発売で、パッケージのイメージである紅葉の時期にはとっくに終売になっている。といって、紅葉の時期に売って売れるかというと、売れないことはないが、売り損じるとリカバリーのしようがない。そこで、どうしても季節限定商品は前倒しになる。これはビールだけの話ではないらしい。
 「秋味」は11年目だが、3年前から某社が発泡酒で「秋生」という商品を出している。パッケージは同じように紅葉をイメージ、マス広告は一切やらず、何故か「秋味」の発売の前日あるいは前前日に発売される。まさにコバンザメ商法の典型。これを平然としてやるところが、「やってみははれ」の某社の面目躍如だ。
 これが、今年は憎らしいほど調子が良い。恐らく近々に某社は予定数終了で終売せざるをえないのではないか。率直なところオヤジの担当する市場では、本家「秋味」がコバンザメ「秋生」に売れ数で負けている。「本生」発売以降発泡酒への傾斜にドライブがかかり、ビール・発泡酒の価格感覚が完全に発泡酒がスタンダードになってしまったことは大きな要因に違いない。まさに軒先を貸して、母屋を獲られたようなもの。
 「秋味」の特徴は、秋の味覚とのバランスを考え、麦芽を通常のビールよりも多く使って濃く仕上げたところだ。これは麦芽比率の低い発泡酒にはできないワザだが、麦芽を多く使っていることをアピールしたからって売れないのは、某社自身が骨身に沁みて知っているとは、なんとも皮肉なことだ。
 そういいながら、当方「秋味」もまもなく終売の予定。それなりに売れている。

 

2001年8月25日(土)

 近江高校の優勝はならなかったが、いい試合だった。地元の大手量販チェーンがお祝いセールを実施しようとしたが、高野連からの横やりで辞めたそうだ。そうはいいながら、地元ではあちこちでセールがあったことは確か。高野連は何かと高校野球を教育の一環と強調したがるが、一般の人々の誰も「教育」などとは意識していないだろう。甲子園に出るために学校や選手達がやっていることがそれを如実に物語っている。
 そういえば、今週は台風をついてディズニーシーのプレビューに行ってきた。午前中はまさに暴風雨だった。アトラクションの多くは屋内だが、アトラクション間の移動だけでパンツまでグショグショになったが、とにかく悪天候だろうとオープンするオリエンタルランドといい、そんな天気でも集まる人々といい、どこが「不況」なのと言いたいほどの人出。やっぱり、PUSHで押し捲るのではなく、PULLのシクミを持っていることは強い。
 やっぱり、明確な「コンセプト」なのだ。

 

2001年8月20日(月)

 「うれしい誤算」と言うと失礼だが、高校野球で滋賀県代表の近江高校が、滋賀県勢としては春夏通じても初めての決勝進出を果した。少なくとも大会前の下馬評では、まさか決勝までいくとは誰も思っていなかったに違いない。いわゆる甲子園で1試合毎に成長している高校野球らしいチームといえる。
 近江高校は、オヤジの最初の赴任地、滋賀県彦根市にあるだけに、オヤジも多少「想い」をもって応援している。決勝戦の相手の日大三高は西東京代表。これもオヤジが東京時代に住んだ小金井市が属するエリアだ。オヤジの手前勝手とはいえ、こういった縁を感じるエリア同士の決勝戦はひょっとすると初めてかもしれない。
 近年、世の風潮と同様、それほど高校野球あるいは「甲子園」に興味をもってはいなかったが、こういった多少の縁でも応援したくなるところが「甲子園」なのだ。台風で順延になったのは、きっと連戦の選手達にはいい休養になるに違いない。どちらが勝つにせよ、いい決勝戦になって欲しい。
 蛇足ながら、オヤジのオフィスからすぐのところに親玉である高校野球連盟がある。(ホント蛇足・・・)

 

2001年8月14日(火)

 戦争は集団同士の争いである。それも国家、民族といった単位の対立で行なわれるもので、どちらも「大義名分」を掲げている。いわば、どちらも自分方の尺度では「正しい」のであり、どちらも相手方の尺度では「間違い」なのである。そこに勝敗がつくと、勝った側の尺度が絶対的に「正しい」とされる。「勝てば官軍、負ければ賊軍」とはよく言ったもので、これは争い事の真理である。
 一方、実際に戦争を行なうのは「個人」である。肉親、親族、友人といった人間関係に密接に絡んだ「個人」である。その「個人」が戦争に赴くと、「個人」の周囲は、その「個人」が国家を相手に争うがごとくに認識する。ここに戦争に絡む議論が複雑になる一つの要因がある。

 今、オヤジなど戦争を知らない世代が大半になった。オヤジも戦争は悪、いけないもの、日本は過ちを犯したという教育を受けてきた世代である。
 しかし、ふとオヤジも40年生きてきて振りかえってみると、オイルショックの時、トイレットペーパーを買いにスーパーに殺到する人達のテレビニュースを見て、ホントに石油が無くなるかもしれないと子ども心に不安を感じていたのは確かだ。決して、その場で「バカだなァ・・・」と冷ややかに思ってはいなかった。
 オヤジが小学校の時は、土曜日は父親も自分も会社や学校へ行くのが当たり前だと思っていた。「ゆとり」は一種の憧れであり、当たり前のものではなかった。学校から帰れば、暗くなるまで外で泥だらけになって遊ぶのが当たり前と思っていた。土曜は休みという概念や、屋外の一人遊びは危険であり、ファミコンで自らは痛みを覚えずに相手を痛めつけることなど、その頃は想像もしていなかった。

 過去を振り返るとき、我々は意識せずに現在の尺度を持ちこみがちだ。既に結果も判っている、ああすれば、こうすればと考える余裕もある。そして何より、そういった過去の積み重ねと、人間は進歩するという仮説に立てば、積み重ねにおいて進歩しつつ現在が構成され、その環境下で生きてきているのだから。
 しかし、それはこれから先を見ると「過去の評価」も「現在の状況の変化」によって変わることがあるということでもある。
 したがって、その時代にその状況下で精一杯生きた人々の「想い」と「行動」は、たとえ現在の尺度にはめれば「間違い」だったとしても、その時代の尺度においてどうだったのかという視点が、現在を生きる上でも極めて大切なことではないだろうか。時代は流れ続けている、我々もいつか後世から後世の尺度で評価される。でも今に生きる「想い」が、全て後世の尺度で判断されるのは、なんとも空しいことではないか。

 小泉首相は、昨日靖国神社を参拝したそうだが、神道式拝礼ではなかったと聞く。それが首相の意識的行動だったとすれば、オヤジはその「想い」には共感してもいいと思っている。

 

2001年8月4日(土)

 本日は二題。

 まず・・・自国の侵略された歴史を歪曲するとは何事だと一面的な感情論まで噴出させ、他国の教科書内容を干渉するに留まらず、何かと問題を大きくしたがる国が、相手の国が別の国の侵略を受けた経緯については無関心を装い、教科書問題すら理由して相手国の神経を逆撫でしても、自国の利益を優先させている。
 某国の北方海域でのサンマ漁における対応は、まさに、某国の教科書問題に対する干渉が、全くの自国利益中心発想であるということを裏付けるものである。

 そして・・・まもなく、また広島、長崎に「原爆の日」がやってくる。実はほぼ1年前にこの「日々雑感」を始め、最初に取り上げたテーマが原爆に関することであった。
 昨日の朝日新聞の夕刊の「幻紀行2001夏」で「封印の理由」という副題でウルトラセブンの欠番となった幻の12話「遊星より愛をこめて」が取り上げられていた。時期モノであるが、セブンの話が全国紙レベルで取り上げられたのは、封印後初めてではなかろうか。この中で、当時アンヌ隊員役で出演していた、ひし美ゆり子さんは問題の経緯を説明した上で封印を解き、DVD化を提言している。また、元広島平和記念資料館長の高橋さんもビデオを見て、差別作品とは感じられないと語っている。それでも円谷プロは封印を解くつもりは無いらしい。
 しかし、監督した実相寺昭雄氏も同紙で述べているが、封印をしていてもオヤジもビデオを入手しているように、ヤミでは取引されているのが実態だ。ヤミになってしまっているがために、作品の内容、作り手が込めた想いとは別の方向に流れてしまうことの方が危険であるをオヤジは考える。
 オヤジも、再度封印を解き、万人が正常に入手できる環境の中で、この作品が冷静に評価されることを臨みたく、改めて
オヤジのコラム「『遊星より愛をこめて』を知っていますか?」(1999年3月記)を提起させていただきたい。

 

2001年7月29日(日)

 今月8日に東京で演奏会があった。オヤジの実家に連絡があったのだが、残念ながらこちらでの予定もあり、行く事ができなかった。
 それは、オヤジのプロフィールにも触れているジュネス・ミュジカル・オーケストラの最後の演奏会であった。今から40年前に国連ユネスコの一つの活動として、日本でも開始されたジュネスの活動は、NHKのバックアップで継続されてきたが、諸般の事情で40年後、区切りがつけられることになった。学生時代に相当の関わりを持ち、それが縁で今でもお付き合いしているオケ仲間が少なくないだけに、オヤジも正直に寂しい。
 少なくとも世界の中でユニークだったアマチュア主体のジュネス活動は、単独の大学オケではなかなか演奏機会の無い大曲を、NHKのバックアップにより、著名な指揮者及びN響団員のトレーニングで、パイプオルガンのあるNHKホールで本番ができ、後日テレビ放送があるということで、オーディションには腕に自信のあるツワモノが揃い、歯の浮いたような言い方だが、首都圏地区の選抜オケのような様相でもあり、そのオケに出られる事の喜び、練習や本番での刺激は単独オケでは味わえないものであったし、実際、プロも真っ青の伝説的な名演もその中から生まれた。
 ただ、多くの大学オケが単独でマーラー等の大曲を取り上げられるようになり、新進気鋭の若手指揮者がそれぞれの大学オケを指導していくようになると、その使命が、時代とともに薄れてきていたのも事実であり、ジュネスの活動休止は正に時代の流れである。それは、日本のアマチュア音楽の一つの発展形として決して悲観するものではないが、変化の中に消えて行くモノに、青春とともに関わった世代として、感傷的になってしまうのだ。
 久しぶりにその時のビデオでも見るか・・・

 

2001年7月21日(土)

 ワグネルOBオーケストラの大阪公演に行ってきた。きっと、東京にいたら行かなかったに違いない。地盤ではない大阪だから、行ってみようという気になった。
 メインの曲目は、オヤジが大学一回生の時に弾いた懐かしい曲。今から20年も前のことだが、結構どんな演奏だったかを覚えている曲だ。
 OBオケといっても、オヤジもそうだが皆が入るワケではない。OBが中心に結成したオケだけでも3つあるし、OBオケ自体も全員がワグネルOBということでもない。ただ、このオケは、現役時代に比較的オヤジと重なっている同期は勿論、先輩後輩がおり、演奏会後のレセプションにも出させていただいて、大学時代以来の再会という人等、久しぶりの再会を楽しんだ。
 20年近くも経つと、相手が覚えていないケース、こちらが覚えていないケースも多い。往々にして先輩はこちらが覚えていても、後輩はこちらが覚えていないことが多かったように思う。風貌も変わっている人は、名乗らなければ素通りしてしまうほど記憶が定かでないケースもあった。
 昔のことになってしまった。いよいよオヤジも歳だなァ・・・

 

2001年7月15日(日)

 0.1%にしろ、トップはトップ。某A社さんも相当狙っていたようだ。オヤジがとっている今日の某全国紙の朝刊の全面広告には、予定のトップを首尾良く奪取できていれば、恐らく「皆様のご指示を頂戴して、ビール・発泡酒のトップ企業になりました。この夏は×××ビール!!」とでも大々的にアピールするつもりだったのだろう。(残念でした。)
 ビール・発泡酒の過熱するシェア競争については、業界のオヤジでも諸手を上げているわけではないが、現実にマスコミが煽り、お客様がそれを一つの指標とされている限りは、辞めるワケにはいかない。相変わらず、社内でそれが第一の主題というのが寂しいが。

 それにしても、ここのところの暑さは辛い。ビールよりもお茶という昨年の図式がここにきて、オヤジ自ら実感。夜まで待てない。どうしても昼間にお茶をガブガブ、そして夕方には胃は若干疲れ気味になっている。こうなると、もう業界内でセコセコ競合している時代ではないことも、また実感。ね?×××ビールさん。

 

2001年7月9日(月)

 世界史ならともかく、何故自国の歴史観について他国から干渉されなければいけないのか。
 中国史や朝鮮史に対して、日本に限らず他国から世界史観から異なるとイチャモンを付けられたとしたら、彼らは何と反応するのか。

 小泉というオッサンにいたずらに共鳴するつもりはないが、いかにも自分達が絶対正義とばかり、自国の価値観を他国に押しつけることは、まさに過去の清算を出汁にし、自国優位の利益を誘導しようとする思想侵略である。これに対して、日本は断固たる態度で臨むべきである。

 これは太平洋戦争を盲目的に美化することではない。歴史は、その時代の価値観、その時代に生きた人々の想いを無視して、後世の人間が自らが生きる時代の価値観で評論して規程し、断定すべきでないということである。

 

2001年7月8日(日)

 今週も芦響は、土日の連荘での練習だった。ベルク(知っている人は知っている、主に20世紀初頭に活躍した作曲家)の曲もようやく見えてきた。見えるまでに一ヶ月。これを一期一会でコンサートで聴くお客様は、どのように受けとめるのだろうか?これでも、現代音楽としては既に古典中の古典だ。それにしても連荘の練習は、肉体的にも時間的にもハードである。オヤジもオケばかりやっていて済む休日ではない。オヤジの休日は、キビシイのだ。

 韓国側には韓国側の理屈と感情と事情があろう。それでも、他国の歴史観を拘束する権利がどこにあるのか、オヤジは歴史教科書問題については、相変わらず多いに疑問を持たざるを得ない。
 史実の誤りは正す必要があろうが、歴史観を外国が一面的に拘束しようとするのは、やはり「思想覇権」以外の何ものでもない。

 ここ2週間猛暑が続いて、中間決算を6月末に迎えたビール各社は、暑さもこれ幸いと、お互いに実需とはかけはなれたところで戦っていた。そんなことに躍起になるのも、マスコミに取り上げられると、それだけで企業イメージにも、商品の売れ行き動向にも少なからず影響が出るからと考えているから。
 でも半年前を振り返ってみれば、これ(某社今年大ヒットの新商品)ほど後味の良い発泡酒が無かったとしても、お客様はその値段とその味でその時点での満足水準を得ていらっしゃるのだ。現に今までで最高に後味が良い発泡酒でも、トップシェアにはなっていない。
 回りくどい文章ですみません。

 

2001年7月4日(水)

 あ・・・・・・っという間に2週間余が経ってしまった。週一回以上の年初目標が半期にして未達となった。オヤジに何が起こったか?
 ま、まさにこの2週間、オヤジもいろいろと重なりまして、ちょっとこちらまでは手が回りきらなかったというところ。
 とりあえず、また最低週一回をクリアするために、仕切り直しである。

 

2001年6月17日(日)

 今週は、主婦連がオヤジの会社が来月新発売する缶チューハイ「氷結果汁」に噛みついた。清涼飲料と間違って購入する恐れがあるということだそうだ。確かに、ブランド名では関係会社が清涼飲料で「氷結果実」を発売しているので、CMも既に混乱している方がおられるようだ。この記事は、一般紙の一部にも載った。オヤジは、すわ「本生」のように発売前にグっと認知度が上がるかと不謹慎ながら期待もしたが、あまり問題としては膨らみそうもなく、その後の続報が出ていない。
 名前やデザインが似ているというのは、主観の問題である。似ていないとは言わないが、どうすれば似ていないと判断するのか、この手の批判には往々にしてそれが欠如している。
 また、誤って買う恐れがあるという主張にも、実際に売場で間違えるような売り方をしているのかという観点が無い。自分達が似ていると感じたから、これはきっと店頭でも間違って買う可能性が多いにある、したがってケシカランという論法だ。まあ、店頭での売られ方の観点が欠如するのも、そもそも圧力団体活動が忙しくて買い物にも行く暇が無いのだろうが・・・。
 店頭では、酒類と清涼飲料が誤って購入されないよう、売場を明確に分けたり、未成年の飲酒防止についても、流通は相当神経を尖らせている。それが決して万全とはいえないが、赤ん坊ではあるまいし、買う側(消費者)はそんなに無力無知な存在なのだろうか?
 この手の批判で感じるものは、消費者の権利を守り、立場を擁護すると標榜し、自分達が弱者であることを強調する余り、自らの自律性を結果的に否定してしまっていることである。それは言い換えれば、その団体が守るべき人達をその団体自身がバカにしているのだ。

 

2001年6月9日(土)

 池田の小学校の事件、同世代の子供を持っているだけに、他人事ではない。何とも言いようがないし、言える立場でもないが、犯人が今後裁判にかけられて、精神的不安定さから責任能力の有無云々などという流れになってくるとしたら、きっと感情的には割り切れないと思う。事情はどうあれ、自分勝手な理由で8人もの前途ある命を奪ったことは事実なのだから。

 もう一つ、発泡酒連絡協議会が「本生」の海洋深層水に関するセールストークについて公取への提訴のお話。どうも、お客様には、キリンが負け犬の遠吠えでわざわざ業界団体を使い、他社も巻き込んで、何を今更みっともないという見方が多いにあるようだ。
 勝てば官軍、負ければ賊軍。確かに「今更」の感は、オヤジとて拭えない。主張するなら、トライアルユースの時期、即ちおよそ発売一ヶ月までだろう。3ヶ月以上経った今となっては、本生のリピーターのお客様も多い(からこそヒットしている)。仮に、こちらの主張が正しかったとしても、事象としてはお客様の選好までも否定したことになる。それに対して、お客様はコトの内容の正誤の云々を観ることなく、コトを主張する姿勢自体に目を向け、共感どころではなく、むしろ反感を持ってしまうに違いない。
 やはり、モノゴトはタイミングが重要だ。

 

2001年6月4日(月)

 この週末、土曜日の午前中は子供の授業参観があり、芦響の練習は本番の指揮者の最初の練習ということで土曜日夜と日曜日午後の両日あり、前髪が鬱陶しくて土曜日の朝イチで授業参観前に床屋に行き、日曜日の午前は奥様のお手伝いと今までの楽譜の整理、木金の週末の肉体労働の疲れが年齢のせいか情けないことに一日後に出て、思わず土曜日の昼食後には昼寝が長くなってしまったり、その疲れと連日のオケの練習疲れが尾を引いて、日曜の夕方、子供と少しサッカーやったら息があがって、30分も経たずギブアップ。
 要するにあっという間に週末の2日間は過ぎ去り、疲れを残して新たな週に突入となった。
 手抜きながら、まさに本音の雑感でした。あ〜、疲れた。

 

2001年5月28日(月)

 まず、まさか勝負師なら出るとは思わなかった。ただ、不覚にも確かに感動した。熱くもなった。これこそ、策士である。しかし、勝負師として軽蔑せざるをえない。
 武蔵丸は、勝つせよ、負けるにせよ、彼は悪者にしかなり得ない状況を作られてしまった。何が、お客様のためか!勝負がどっちに転んだ所で、人の目は貴乃花にしか行きようがないではないか。本人はただただ真剣だったのかもしれない。でも、これはお客様のためという名を借りた偽善行為である。どう転んだ所で、まさにここで力士生命を仮に絶たれたとしても、絶対自分は悪者、敗者にはならぬ、最悪でも悲劇のヒーローなのだ。
 彼が、ほんとに勝負師なら、万全でライバルに対するため、場を改めるという勇気を持つべきであり、ライバルなのであれば、武蔵丸の心情こそ計るべきであった。勿論、勝負師としての武蔵丸の甘さもあろうが、これこそ貴乃花が失った儒教精神、人の道であると主張するのは、余りに武蔵丸に肩を持ち過ぎているのだろうか?

 新聞の批評以外、誰も貴乃花の行動に反論しない、感動の嵐である。ましてや、体制側はなお一層の感動・賞賛の嵐。これでは、現状否定の抜本的な構造改革などおぼつかない。「判官びいき」、これは日本の美学であり、変革を鈍らせるウイークポイントである。

 

2001年5月27日(日)

 ここのところ、週一回それも日曜日という「サンデーオヤジ」になってしまっている。相撲で言えば、土俵際で踏ん張っているというところだ。それでも、今週は「日曜の朝」にこれを書いているので、過去2週よりはマシと変な自己納得。
 相撲では、貴乃花が優勝目前にして負傷。事の次第によっては、武蔵丸の不戦勝の連勝による優勝という事態になるらしい。たとえ出場したにしても、踏ん張りが利かないのでは、「やっただけ」でむしろ無様になるだけだろう。珍しいことではあるが、ルールの中での勝負事。2敗で踏ん張ってきた武蔵丸を賞賛すべきであろう。心情的には、スッキリではないけどね。

 本日はもう一題。最近、競合ながら改めてサントリーの動きの速さに感心する。ツードックスが売れたらアレックス、クラシックラガーが話題になりそうならモルツスーパープレミアム、と相手においしいところを一人占めさせないよう、対抗商品をソツなく発売してくる。発泡酒も、本生攻勢でマグナムドライが影響を受けていると判断するや、秋には大型商品を投入らしい。
 そういえば、当のマグナムドライとて淡麗が出て、それまでとは異なる発泡酒業界の流れで、スーパーホップスでは厳しいとみるや、最盛期前の6月に電光石火発売して、安売り武器に一気にパワーブランドに押し上げた。
 速さは変化への対応というメリットの反面、ブランドの使い捨てという側面もある。でも、現代はやはりスピード、アジルの時代。今から来年の最盛期・・・なんて悠長なこと言っていては、お客様に取り残されてしまう。勿論、来年のこと、その先も大事だが、一方の当面策が精神論ばかりでは、お客様も第一線で戦う兵隊も納得しない。戦うには、長期戦だろうが短期戦だろうが、「武器」と「戦略」が必要なのだ。

 さて、今週はなんとか週中でもう一本雑感といきたいところ。

 

2001年5月20日(日)

 作曲家の団伊玖磨氏が亡くなった。団さんは、オヤジのプロフィールでも触れているが、慶應義塾創立100周年の「祝典曲」を作曲されている。オヤジの学生時代、丁度創立125周年にあたり、合唱付きのこの曲の歌詞を一部補筆し、記念式典で演奏した。1957年の初演当時は、NHK交響楽団の演奏と聞いているので、学生の手での演奏としては初めてだったらしい。
 当初は団さん自らタクトをとる予定だったが、まさに今回の客死と同様、中国えの取材旅行が入ってしまい、団さんの長年の友人でもあり、一時慶應の中等部で教鞭ととったことのある芥川也寸志氏が替わりに当時タクトをとられた。
 慶應の創立時、まさに近代日本の夜明けを思わせる冒頭部から、後半から慶應の栄光を唱える合唱が入り、最後は慶應の有名な応援歌「若き血」のメロディにのせて祝典ムードを高めてしめくくる。陳腐な流れと言ってしまえばそれまでだが、通常、音楽にあまり親しみの無い人達にも印象と親しみそして共感を呼べるよう、この種の曲としての工夫が確実な作曲技術で織り込まれており、練習していても飽きない曲であった。
 こういった曲は、まさに希望しても演奏できる曲ではない。それだけに団氏の訃報は、オヤジにとってただの訃報には止まらないものがあった。ご冥福をお祈りします。

 

2001年5月13日(日)

 昨日、ほぼ2週間がかりで宮部みゆきの「模倣犯」を読んだ。その前が、白川道の「天国への階段」をほぼ1週間がかりで、2編続けて長編連荘読書だった。
 「天国への階段」は、後半になるほど感情の勢いで一気に読み進めたが、「模倣犯」は、オヤジながら、どうも考えながら読んでしまい、なかなかスムーズにはかどらなかった。
 加えて、ほとんど会社の行き帰りの電車の中だけの通勤読書のため、思わぬ時間を要した。この作家の作品は、3年ほど前に「火車」、昨年「理由」、今年「パーフェクトブルー」と読んだ。彼女が作品の中で登場人物に語らせる様々な言葉は、宮部氏とオヤジが同い年だからと短絡的に考えるのは危険だが、読む作品毎に共感を覚えることが多い。
 今回の「模倣犯」における「事実」に関する一節。捜査本部のデスク担当のベテラン刑事武上が、若い篠崎に言う以下の一節である。
 「人間が事実と真正面に向き合うことなんて、そもそもあり得ないんだ。絶対に無いんだよ。もちろん事実はひとつだけだ。存在としてはな。だが、事実に対する解釈は、関わる人間の数だけある。だから、事実に正面も無いし裏側も無い。みんな自分が見ている側が正面だと思っているだけだ。所詮、人間は見たいものしか見ないし、信じたいものしか信じないんだよ。」
 オヤジにとっても、改めて考えさせられた。そして、「歴史的事実」と声高に叫んでいる方々にも考えていただきたいものだ。どっちが正しい、あるいはどっちが正面というわけではないのだ。そこに、一面的な捉え方の危険がある。

 

2001年5月4日(金)

 先月下旬くらいから、「本生」のCMが変わってきましたね。明らかに、淡麗の挑戦的なCMコピーへの反撃だなと思わせるタッチ。
 いやいや、あれは当初から予定していた流れですと言われるでしょうし、それが真実なのかもしれませんが、競合相手としてはそう意識してしまうのが人情です。
 どっちが勝つか?即ち、「淡麗生」と「本生」のどちらがお客様の支持を多く得るのか。また、トータルでどちらがお客様の支持を頂戴するのか。
 ビール・発泡酒という面では、相当苦戦しています。もしかすると、勝てないケースも出てくるかもしれません。ただ、負け惜しみかもしれませんが、そうやって血道をあげているうちに、どうも戦っている土俵は変わって来ていると言わざるをえません。
 とはいえ、マスコミはその土俵での戦いしかセンセーショナルに取り上げてくれませんし、オヤジのいるフィールドは、まさにその視点での勝ち負けに奔走しているのが現実ですけどね。

 さて、毎年このフィールドで、その年の勝敗のカギと言われているGW真っ最中です。その商戦結果がどう出るか???

 

2001年5月3日(木)

 憲法は、未来永劫変えてはいけないものなのか?
 少なくとも、オヤジにはそうは思えない。改憲となると、すぐに9条がどうだこうだという議論が起こるが、非常に短絡的な発想だと思う。
 憲法が産まれる過程の問題ではなく、少なくとも50年以上前の国際環境、国際秩序の感覚、あるいは価値観の中で策定されたものが、新世紀を迎えた現在の国際環境、国際秩序の中で、全てを変える必要の無い完璧なものであるのかという議論、見直しは行なうのがむしろ当然だと考えるのである。
 オヤジも根本の理念まで変えるべきだとは考えていない。しかし、反戦理念に拘る余り、現実に目を背けた護憲固執は、むしろ改憲論者以上に危ういものを感じる。
 最近、歴史教科書問題等で危険なナショナリズムの台頭といったような論評も目にするが、ナショナリズム=戦前の軍国主義の復活=侵略肯定=危険思想という発想の連鎖の固定化こそ恐ろしい。
 軍を持つ国が、日本に対して軍隊の保持肯定はケシカランと批判する。反日感情を自国のナショナリズムの昂揚の基盤とする国が、日本のナショナリズムの昂揚を危険視する。自国の内政干渉だと激しい抗議をする国が、他国の教科書の内容についてイチャモンを付けてくる。
 国と国との関係、あるいは国際社会というのは、こういった自国最優先、自国絶対正義のぶつかり合いの中でのバランスなのが現実だとオヤジは思う。民間レベルと公的レベルでは、また異なり、個人レベルでも正に人間同士の共感もあるだろうが、国家とはそういうものだという視点から、憲法についても考えるべきである。
 念のために言っておくが、オヤジは好戦論者ではない。

 

2001年4月30日(月)

 相変わらずの話題だが、どうもオヤジは世の中の反応がオカシイと感じるので、またまたこの話題である。

 歴史教科書問題の論議でよく出てくる「事実の歪曲」あるいは、「歴史的事実」。何気なく読みあるいは使っている言葉だが、この「事実」ほど胡散臭いものもない。
 「事実」とは一つである。しかし、そこに居合わせた人の受け止め方によって、既に「見解」が生じ、複数の人がいれば「見解の相違」が生じるものに違いない。増してや「歴史的事実」とは、既にそこに主観に影響されやすい「伝聞」が絡んでいるのである。何かしらのイデオロギーによって歪めれていない「歴史的事実」などどこに存在しよう。
 また、現代には「写真」という便利なツールがあるが、これとて、実際に撮った人以外には、何を撮ったのかという見解が入る。そして、断片的あるいは別の解釈が加えられることで、全く異なる事実を語る結果にすらなるのである。

 何が言いたいか。要するに、周辺諸国が主張していることが決して「正しい」のではなく、例の物議をかもした歴史教科書を作成した会の主張もまた、絶対に「正しい」ものではないのである。
 オヤジが感じるのは、少なくとも自国の歴史観は自国民によって形成されるべきものであって、外国の圧力によって左右されるものであってはならないということである。それだけ「侵略」を許さないと声高に叫ぶ国家であれば、まず他国の歴史観を自国本位に束縛しようとする思想侵略を止め、正に「反侵略」という範を示してもらいたいものだ。

 

2001年4月23日(月)

 ちょっとサボるとすぐに2週間くらいの時間は経ってしまう。
 先週末には、マエストロ シノーポリの突然の訃報が飛び込んで来た。ヴェルディの「アイーダ」を振っている最中に倒れ、そのまま神に召されたそうだ。異論もあろうが、なんと幸せな人生の最後だろう。勿論、早過ぎる死ではあるが、これぞ本望と言えよう。

 話しはガラっと変わって、先週末にオヤジの会社も所謂「チューハイ」への参入を表明した。もう、かつてのような失敗はしないと信じているのだが、相変わらず、その辺りが理解できていないキリンブランド万能幻想思考人達が多数いるようだ。
 ビール・発泡酒とは、同じ酒類でも全くカテゴリー内の業界構造も商売レベルの尺度も異なるという簡単なことが、解らないらしい。
 オヤジがスーパーマーケットのバイヤーの立場だったとしても思う。「ビールでキリンを取り扱わないワケにはいかないが、別にキリンの缶チューハイが無くても商売は困らない。勿論、アサヒも然り。」
 では、バイヤーにそう言わせないために、扱わざるを得なくするためには必要なものは何かと問えば、これはもうエンドユーザー、即ち消費者の支持に他ならない。

 品質の良いもの、今までと明らかに違うおいしいもの。缶チューハイにこれを求める人がどれだけいるのか?これは、そういう人達がいないと言っているのではなく、こういった人達が市場を動かすファクターなのか?ということを言いたいのだ。少なくとも、答えはメーカーのマーケティング部門が出すのではなく、そこらのネエチャン、アンチャン、オバチャン、オッサンが出すのである。さて、この夏はカテゴリーを越えて、一段とおもしろく(営業にとっては、キツイ)夏になりそうである。

 

2001年4月12日(木)

 今日は、英語が話せるワケでもないのに、ちょっとした仕事の縁で英国人と会食(勿論、一人じゃないが・・・)することになり、大層疲れた。読み書きはともかく、聴くと特に話すことは、とても高いハードルでストレスが溜まる。やはり、読み書き優先、文法厳守といった形から入ろうとする日本の英語教育は間違っていたのだ、と思わず教育のせいにしてしまう。

 それにしても、繰り返しになるが、日本の歴史教育に対する中国、韓国の思想侵略は収まる気配が無い。今度の自民党の総裁選で選ばれ首相になる方には、是非毅然とした態度をとっていただきたいものだ。
 また、8日(日)の某民放でやっていたこの問題に対する教育問題で、事実と史実は必ずしも同じモノではないという主張を事実の軽視の論と一刀両断し、事実軽視の歴史教科書はケシカランというサヨクのオッサンがいたが、もう開いた口が塞がらなかった。
 このオッサンは、戦後の歴史教科書に書かれた史実が、たとえ近現代史に限ったとしても、全て事実だったとでも言うのかね?それとも、オッサン自身が皆それを自分の目で確かめたんかい?(一体、このオッサンは何歳や?)
 いずれにせよ、「歴史」とはそもそも何かということが理解できていない輩が、堂々と知識人を装ってテレビでこんなバカげた歴史教科書論をぶっている。これをギャグと言わずに何と言うのか。

 

2001年4月7日(土)

 あっという間が1週間から、2週間へ。ま、ぎりぎり週1本ペースは崩れていないかと言い訳をする。

 さて、かの歴史教科書が検定を通ったそうだ。検定を通ったところで採用されなければ、意味が無いのであって、これからがまた大変だろう。
 それにしても、中国、韓国等の相変わらずの他国の歴史に対する思想侵略は繰り返される。結局、自国のアイデンティティを過去の一点のみを拠り所とするしかない権力側の愚かな苛立ちに過ぎない。そういったナショナリズムの希薄さが過去にも傀儡を産出してきたとも言えるのではないか。
 いずれにせよ、この教科書の考え方は、過去の歴史を正当化しこれから同じことを繰り返してやろうというのでは決してない。過去にはその時代背景、価値観の中で判断が下されてきた、それが歴史であって、事後や現在の価値観で一面的に過去の時代を評価することは、それこそ歴史の歪曲になるということである。事実と史実は異なるものなのである。
 この件になると「多事争論」を標榜する朝日さんや毎日さんでも、一様にケシカランとなってしまうのは、まだまだ「多事争論」の理解が足りないのでは。

 「本生」も落ち着いてきたとは言え、まだまだお客様の興味は尽きず、リピーターも増えてきているようだ。さすがにアサヒさんは、自らの気概だけの会社ではなく、既にお客様からもトップメーカーとして、商品に対する信頼と期待を受けておられる。ここは我が陣営も、謙虚に受け止め、それを認識した上での対抗策をうっていかないといけない。本音はもう少し様子を見たいが、そろそろ「塵芥亭」でもお取り扱いを考えなければいけないかな・・・

 

2001年3月25日(日)

 ちょっと油断すると、あっという間に1週間経ってしまう。
 前週に引き続き、今度は研修で上京した。いつもと違う新幹線の雰囲気。そうだ、春休みに入って、車内には子供連れの親子がゾロゾロ。要するにザワザワと落ち着きが無く、騒がしいのだ。話しをするくらいは、別にこちらも我慢すれば良いのだが、車内をあっちにこっちにと動き回るというか、ほとんど走り回るガキどもには閉口する。結局、親のしつけに帰結すると思うが、親のマナーも決して感心できるものではない。あ〜、早く新学期が始まらないかな・・・

 

 ところで、先週火曜日の朝日新聞社会面に「小5女児、不登校に」(川西 人権救済を申し立て)という見出しの記事が載った。小見出しには「先生に胸ぐらつかまれ・・・“告発”の作文『書き直せ』」とある。これだけを読むと、実にけしからん教師だと感じるが、本文を読んでいてオヤ?と疑問に思った。
 発端は、その小学校で行ったスキー教室で部屋の広さをめぐってその女児を含む6〜7人の生徒が言い争いになり、その際に注意した当該の教師が「文句があるんやったら言え」、と女児の胸ぐらを強くつかまえられたという。(下線は記事原文)
 記事は、その後に女児が作文に胸ぐらをつかまれたことを書いたところ、担任から書き直しを指導され、女児はこれを拒んだ上、恐いので学校に行きたくないと不登校になっているとその後の経緯を説明し、母親の訴えと市教育委員会の考えを記している。
 これだけを読むと、大変けしからん教師である、女児が可哀想ということになる。しかし、オヤジは敢えて下線にした部分、つまり発端となった部屋の広さをめぐる生徒同士の言い争いとそれを注意した教師に、実際どんなやりとりがあったかをもっと詳細な事実を知らなければ、軽々しく判断すべきでないと思うのである。
 確かに、教師が生徒の胸ぐらをつかんで恫喝することは、どんな理由があるにせよ、決して感心できることではないが、状況によってその「ケシカラン度合い」は、かなり異なる様相を見せるに違いないのだ。
 オヤジは、この記事に「事実」を正確に伝えることとは異なる、記者の主観か、あるいは新聞社のイデオロギーか、何らかの意図的なバイアスを感じるのである。

 

2001年3月18日(日)

 金曜日に上京した折に、久しぶりに何人かの会社の同期と会った。
 先月、学生時代の同期と会った時もここで雑感を記したが、やはり、普段会っていなくても、離れた場所でそれぞれに仕事をしていても、問題意識等が妙に同じような所にある。これが世代の共時性というものなのか。これが良いとは必ずしも言えないだろうが、大切にしたい感覚だなと感じた。
 社外人脈の維持も大切だが、やはり身近な社内人脈、特に同期との付き合いは大切にしなければと改めて思った次第。

 それにしても、関東はスギ花粉が多い。オヤジも花粉症との付き合いが10年余になるが、3年半前に大阪に来て少し落ち着いていた。しかし、この時期、視察ということもあったが、外もかなりの時間歩き回った報いか、くしゃみは止まらず、鼻と顔は真っ赤。鼻のかみすぎで、頭痛もしていた。それでも、飲んでしまうのが同期。とりあえずは楽しかった。

 

2001年3月11日(日)

 今日は、彦根で年一回のエコーメモリアルオーケストラの本番だった。
 いつもながら、オヤジにとっては刺激的な勉強の場である。ウンチク豊かなアマチュアの中にだけ浸っていては味わえないものがある。今回もまた、期待以上に多くのものを得た。このオケも発足して5年になり、来年に向けて一つの転機が訪れる。とりあえず、今日は疲れた。詳細は改めて
エコーメモリアルオーケストラのページに、できるだけ早く掲載したい。

 

2001年3月5日(月)

 「森内閣の不信任には反対だが、森首相を信任したわけではない。」これが詭弁でなければ、この世に「詭弁」は存在しない。森首相が任命した内閣の不信任には反対だが、任命者である森首相は信任したわけではない。こんな理屈は、小学校の学級会でも通らない屁理屈だ。これが、日本の最高国権機関である国会で、平気でまかりとおる理屈。

 今日の朝日新聞からの引用。―――「国により26倍もの開きがある欧州連合(EU)のビール税率に対し、地元ビール業界が是正キャンペーンに乗り出した。高税率の国では、隣国への買い出しやインターネットでの注文が広まり、国内メーカーや販売店が悲鳴を上げているためだ。EUのビール税率は北高南低。北欧3カ国と英国、アイルランドが1リットル当たり50円以上と高く、あとの10カ国は20円前後か、それ以下だ。税額は最高のフィンランドでも日本(同222円)の7割だが、経済国境のないEU域内では、他国での購入は珍しくない。このため、国ごとにばらばらなビール税率がメーカーや販売店の競争力に響く。」―――
 何故引用したかもうお分かりだろう。ビール税について本場欧州の最高税率のフィンランドでも、日本のビール税の7割という事実を認識していただきたいためだ。
 日本のビール税は、欧州の最もビール税が安い国と比べると約40倍も税率が高いということだ。この合理性はどこに存在するのか。加えて、原料配合が全く異なる発泡酒まで売れているという理由だけで、この法外なビール税と同じ税金をかけようとしているのである。一方でこうやって徴収された税金は、機密費として役人の好き勝手使われているかもしれないのである。

 137箇所の修正を受け入れた「新しい歴史教科書をつくる会」。まさに、小異を捨て大同についた。検定制度は、個々の文言の修正はできても、根底に流れる思想まで制限できない。その点を教科書の執筆者側の方が、数段大局をふまえ、戦略的行動をとったといえよう。果して、この教科書をサヨク教師連中が使うのか、使えるのか。一人の中学生の子の父兄の立場でもあり、これから注視していきたい。

 

2001年3月4日(日)

 今日の朝刊にアサヒさんの「本生」の広告が載っていた。あれ?なんか物足りない。
 そうだ。「海洋深層水」という文言が全く入っていないんだ。うまさの秘密は「大麦エキス」としか書かれていない。あれだけ、「海洋深層水」のおかげで認知が高まり、発売直後のトライアルユースが爆発し、競合他社としてはただ見ているしかなかった1週間だったのに。
 今、量販各チェーンでは、商品供給が潤沢にできないという理由で、各店舗に対しては割り当て状態、それもかなりキツイ割り当てに入っているようだが、量販店頭で見る限り、どうも先週末の狂騒状態からはウソのような落ち着きぶり、モノも大々的でなくなっているものの、それなりに陳列されている。お客様も先週末のことを考えるとそれほど「本生」を気にしていないなどと感じるのは・・・、イカンイカン、こちらの気の緩みかもしれない。
 高知県との問題に絡む遠慮なのか、増産しようにも海洋深層水の取水が追い付かないということなのか、いずれにしても「海洋深層水」が入らない「本生」なんて・・・

 ちなみに、もう政治のことを云々と話題にあげることすら、バカバカしくなっている。政治家の詭弁の弄し方が、いよいよ稚拙になっているのだ。
 「景気の危機的状況を打開するために政治の空白を作れない」たって、その当の政治体制そのものが景気の危機的状況の元凶なんだから。このことを市場が明白に指摘しているのは、少し経済カジった人ならすぐ理解できる。そんな単純な事実にまだ目を背けている。
 教育問題も議論あるとこだが、こんな大人を見て、子どもが良い影響を受けるはずがない。

 教育といえば、台湾や韓国が「新しい歴史教科書をつくる会」の教科書が検定を通りそうな流れに、危険な戦前思想への回帰、太平洋戦争における侵略行為の正当化であって、誠にケシカランと騒いでいる。
 勿論、いろいろな考え方がある。しかし、他国の教育内容について、自国の考え方と異なるからと言って物申すは、それこそは「内政干渉」。思想に対する侵略行為である。

 

2001年2月25日(日)

 今日、仕事でいった某関西の大手チェーンスーパーのお店は、朝9時からの青果朝市にお客様が群がっていた。そういえば、前日にはリストラするダイエーが冬物衣料を最大9割引きで売り出しを発表したところ、4日間の予定が初日で完売したそうだ。
 今の消費者はしたたかだ。ホントに得だと思うところにはサっと殺到する。まさにチェリーピッカー集団。チェーン側にとっても、並べれば売れる、チラシで特売すれば瞬間風速で売上げが上がる等、安易に値引き勝負してきたツケといえば、ツケ。
 しかし、どうもそれだけではない。今日、お客様の声を聴く仕事して、また一昨日、関西で元気の良い某チェーンの役員の方の自信に満ちた言葉に、切実にそれを感じた。セルフの業態が極まり、一方でかつてのハイタッチが求められている。言葉で言うのは簡単だが、並べればいずれ売れるという感覚、チラシで値段を安くすればとりあえず売上げはとれるという感覚、これらに浸ってしまったチェーンには、このハードルは殊の外高くなっているに違いない。

 

2001年2月21日(水)

 今日の朝刊にJR西日本の可部線の話題が載っていた。地元の存続運動(要するに乗車運動)に対するJR西日本の社長の「さよなら運動」発言がけしからんという記事だ。
 しかし、オヤジは社長の発言は、極めて率直で正直なものだと感じた。廃止が検討されるにはそれなりの理由がある。事業として継続的にコストをかけて運行している以上、一時の運動で盛り上がったからといって、軽軽に存続させますとは、どんな経営者でも言えない。反発する沿線住民とて、果して路線が存続する限り、乗車運動を永劫続けられるものなのか。
 結局、乗る人が少ないから、採算が見合わず廃止が検討されているのである。便数が少なくて不便だから乗れないのか、乗らないから便数が減るのか、どちらが正しいかを追求しても無意味である。少なくとも必要性が低下していることは、事実なのだ。
 感情的な反発からは、何も生まれてこない。この路線を存続させて鉄道事業を営む可能性に対する見通しが提供できるだけの施策こそ、今、求められているのである。

 

2001年2月18日(日)

 昨日は芦響の本番だった。やはり選曲は大事で、近年になくお客様の入りは良かった。今回はたまたま、家族が実家に帰っていたこともあって、久しぶりに打上げで夜更かしをした。
 久しぶりの程度は、記憶する限りでは学生時代以来20年余ぶりのこと。日曜の朝、6時台。疲れた足取りで帰途につき、大阪駅まで歩く道すがら、冬の薄曇の朝空をバックに梅田のビルが林立する風景はあまりに自然だった。
 あ〜、こんなことしきりにやっていた時代があったけなぁと、東京と大阪の違いはあれ、しばし青春の感傷にふけってしまった。それにしても、その後の回復がなかなか・・・、やっぱり20年余の歳月は重い。こんな歳にもなって、ホント疲れた・・・ 

 

2001年2月12日(月)

 物事の本質を理解していないと起こるバカげたこと。ネット上につくる会社のEメールクラブの会員を、地べたを這いつくばるセールスにメールアドレス数などという尺度でノルマをかけて集めさせることなど、最たるものだ。
 ネットワーク社会での囲い込みは、義理人情に縛られない自由な個人が、自分の興味の中で選択するところにパワーの源泉がある。つまり、自分が本当に良いと思ったものだから、人にも薦めて行く連鎖なのだ。したがって、中身(所謂コンテンツ)の魅力ことこそが重要で、メンバーは集めるものでなく、集まる仕組みにしなければ、何の成果も期待できない。
 ただでさえ、情報過多なネットワーク社会である。義理で登録したところから来るメールなど、タイトルを読んだだけ(発信アドレス見ただけで捨てるものだってある。)でゴミ箱行きなのは、自分自身がそうだからよ〜く解る。仮にメールアドレスを無理やり集めても、そこで受信したメールを読んでくれるのはせいぜい初回だけのこと。
 そうそう、オヤジだって普段使っていないアドレスも含めれば、5つ以上のメールアドレスを持っている。メールアドレス数で賞金が貰えるのなら、すぐに10個くらいは捏造しちゃうぜ。10人に焼き鳥奢るからと同じ事頼めばすぐ100個。これでもらった賞金で焼き鳥1杯おごれば、それでオシマイ。ハ〜っ・・・、ジャンジャン!

 

2001年2月8日(木)

 人には出会いがあり、別れがある。当たり前ながら、そこに接すると人間の条理を改めて強く感じざるをえない。
 昨夜は、今月退職するメンバーの送別会があった。そして今朝は、その後任として着任した新人の慶事の報を聞いた。「生者必滅、会者定離」ではないが、人にさまざまに絡みつく「さだめ」なのだ。皆、一生懸命生きている。
 そういえば、週初めに研修で上京した折、久しぶりに大学時代の同期と会って、決してキャラクター的には近い間柄ではないのに、なにか考えていること、やっていることの「共時性」のようなものをヒシヒシと実感してしまった。これが同世代、同期なのだ。

 

2001年2月4日(日)

 朝刊を見て驚いた。アサヒの「本生」の記事がデカデカと社会面に掲載されているではないか。記事の内容はともかく、これで「本生」は、発売前から俄然認知された。
 新商品の発売でいつも課題になるのは、ブランドの認知。何しろ、世の中様々な分野で、日々新商品が出ている。いくらビール・発泡酒の業界では大型新商品といっても、一般の方にはなかなか浸透しないのが常であり、オヤジの部署でもこの問題ではいつも苦労している。繰り返しになるが、本当にコトの良し悪しはともかく、社会的話題になったことは、この認知度を高めることには多いに貢献している。
 道義上の問題を軽く扱うワケではないが、品質云々ではない。こうなりゃ、さてさて話題の海洋深層水を使った発泡酒のお味は・・・。恐らく、発売後のトライアルも増えるに違いない。
 こりゃ、こちらもふんどし締め直さないといけない。ところで、オヤジのところの淡麗生が、1月末から中身も一段とおいしくなってリニューアルしたって、ご存知ですか?

 

2001年1月30日(火)

 昨日の雑感に異論のある方もいるようだ。それが届けられるメールによってヒシヒシと感じる。だが、オヤジは、納得していない。
 端的に言えば、何故マスコミの扱いが、李さんが主で、関根さんは従なのか?同じ行動をした人間が、方や韓国人で将来ある若い留学生、方や日本人の中年のカメラマンだという違いでこうまで扱いに違いがでるものか?例えば、昨日の某紙の夕刊はこの事件全文の4分の3を李さんに割いている。さて、某紙はこれに合理的説明ができるのか?
 この根底に、ワールドカップの日韓、韓日の表記をどちらかという、つまらぬナショナリズムの対立を和らげる手段にしようというイヤらしい魂胆を感じるのは、そんなに歪んだ根性だろうか?そうだとすれば、同じ行為によって殉じた二人の扱いにここまで違いがでる合理的理由をマスコミは示すべきではないか?
 などと書いていたら某民放の某サヨクキャスターが、夜のニュース番組のテレビでまさにこの点を逆手に批判していた。つまり、そういった印象を持つことこそ、人種に対する偏見だと。
 ならば、その報道の公正さをデータをもって示すべきであろう。殊更、韓国人が美化されると言うこと自体、勿論偏見であるに違いない。であれば、そうでないというデータを発信元であるマスコミは、粛々と示すべきである。
 等しい時間を割けなどという下世話な比較ではない、ただ、マスコミの報道を見ている人達が、情報を受けている側の印象に対する反駁は、「見ている君達の偏見である」と言い放って片付けられる問題ではない。某サヨクキャスターのように、宣言的に言い放って批判して済むと考えているのであれば、あまりにジャーナリストとしての意識の欠如ではないか?
 「何を主張したかでなく、どう受け取められたか」に目を向けるのは、マスコミとしての基本と考えるのだが・・・。

 

2001年1月29日(月)

 金曜日の新大久保でのホームからの転落者と助けようとして、電車にはねられ亡くなられた方々が今日のニュースで良し悪しは別として、美談として話題になっている。どうも美談にしたがる裏に、ワールドカップの日韓、韓日の表記をどちらかという、つまらぬナショナリズムの対立を和らげる手段にしようというイヤらしい魂胆を感じる。
 が、オヤジは、これに「公」の姿を垣間見たと感じた。「個」の自立を唱える立場で言えば、酔っ払ってホームから転落した人は、落ちたことは自らの責。自らの安全は、たとえ酔っ払っていようと、自ら守るべきであり、亡くなった2人は、ホーム上の非常ボタンを探すべきだったということになる。
 でも、彼らは己の生死より、まず目の前の危機存亡を自らの手で何とかしようと行動したに違いない。これを「善意」という言葉で表現するのは、余りにも安易ではないか。オヤジは、ここに人間の「私」を超えた「公」の意思を感じるのである。
 オヤジ自身とて単なる評論家であるが、その報に思わず目頭が熱くなった。死ぬこと自体を美化しようなどとは考えない。彼らは、当然のことながら、自らが死ぬつもりなどなく、ひたすら落ちた酔っ払いを助ける一心であったに違いないのだ。この死を超越した刹那の一心と行動こそ「公」ではなかろうか。ホント、単なる評論家でごめんなさい。

 

2001年1月28日(日)

 久しぶりに土日連荘でのオーケストラの練習だった。連荘はさすがに左肩に堪える。もう肩の筋肉はパンパンに張って、熱を持っている。とても、平日には練習する余裕も気力も無く、せいぜい左指を動かすくらいしかできていない。たまに固めてやるものだから、40の体には余計に響く。本番まで一ヶ月を切って、いよいよ追い込みに入り、これから3週間はこの連荘が続くのだ。ああ、好きで続けていることとはいえ、シンドイ。

 

2001年1月26日(金)

 某得意先のバイヤーを囲んで各社セールスが集まっての飲み会があった。サントリー以外の3社のビールがあったが、少し遅れて会場に到着すると、最初にオヤジの会社のビールを注ごうとされたが、折角の機会なので他社のものを注いでいただいた。会の後半、シコタマ飲んだ後に、その3銘柄の銘柄当てをやると、恥ずかしながら自社のラガーとエビスを間違えた。う〜ん、最近エビスを飲んでいなかったからなぁ・・・というのはただの言い訳。
 いずれにしろ、塵芥亭でも吠えているオヤジの持論だが、やはり常に敵を知ることが大切だ。日頃から他社商品の特徴もしっかりと把握しておかなくては。

 

2001年1月22日(月)

 深夜帰宅して、ちょっとのぞいたHPのカウンターを見てビックリ。一日で15件のアクセスがあった模様だ。今回、ほんのちょっとではあるけれども「塵芥亭」をいじったのだ。それまでは、一日一件もアクセスが無い時期もあったくらいの閑散ページだけに、この程度のカウントの増加でも、家主は驚いてしまう。
 やはり、何らかのネットワークが形成されているのか、どうも「塵芥亭」をいじるとカウンターが俄然進んでくる。ここが結局、注目の的なのか?皆さんの期待とは裏腹に、以前より、切れ味がどうも鈍っているというのが、家主の自覚だが・・・

 

2001年1月20日(土)

 今週は、社長交替内定のニュースがあった。この時期に営業出身でなく、技術系しかも多角化部門からの社長起用には、当初の下馬評と異なるだけに違和感を持たれたり、内定した人はどんな人だ?という質問も社内ですら多かった。
 オヤジにとって印象的だったのは、ある新聞の解説で、とかく営業出身者が目先のシェアの勝ち負けにこだわりがちな中で、21世紀への生き残りをかけた企業経営全体を考える重要性に触れていたことだ。社長は、経営者であって、セールスのプロではない。営業を経験していないことなど少しもハンディではない。むしろ、経営者として鳥瞰的に自社を、そして業界を、そして経済を見る能力等こそ求められるので、トップが営業経験におけるミクロな勝負へのこだわると、害ですらあるのだ。
 今回は、たとえ下馬評どおりであってもそこは十分クリアできたとオヤジは思う。さて、ますます今年、これからが楽しみだ。

 

2001年1月14日(日)

 この週末は、この冬一番の寒さだそうだ。確かに寒い。昨日も大阪でも最高気温が4度程度だったようだ。ただ考えようによっては、オヤジが子供の頃はそんな寒さが当たり前だった。そんな寒さの中でも半ズボンにソックスで走り回っていた。暖冬だ、地球の温暖化かだと言っているうちに人間の耐寒機能まで弱体化してきているに違いない。
 さて、仙台の准看護士の事件、自分の処遇の不満を患者にぶつける理屈は、あまりに幼稚だ。自分の行動がどういう結果になるのか、その想像性は小学生にも劣る。さらに院長、副院長に至っては、これが医師なのか?医師としての誇り、最低限の責任感すら感じられない。かの「オレだって寝ていない」社長と何ら変わることが無いではないか。
 勿論、オヤジも組織に働く歯車の一人である。組織には優秀な人が大勢存在し、オヤジはとても太刀打できない。トップに上り詰めるからには、その組織において卓越した人格と能力があるに違いないはずなのだが、現実その組織の長に立つものが、こんな人間がなれているというところに、空しさと怒りを感じる。

 

2001年1月9日(火)

 荒れた成人式の様子、何か滑稽すら感じる。そこに共通しているとオヤジが思うのは、「権利と義務」という表裏一体の観念、そして「義務」感の欠如である。
 権利には、常に義務が裏返して生じる。これこそ、世の中の秩序を保つ、共通最低限のルールである。そんな簡単なことを、現代の成人達は忘れ、権利のみを振り回す。戦後、民主学習、人権学習の悪しき遺産であると断定することは、そんなに的外れなことであろうか。
 反面、成人式の主催者側も同様に義務を忘れていることに気付いていない。自分達のしきたりを社会のルールとばかりに、押し付けているのだ。出席する人達の期待に何ら目を向けることなく、十年一日のごとく形式的な祝典が繰り広げられる。その反抗を支持するものではないが、単に若者の傍若無人と片付けられることではない。

 

2001年1月5日(金)

 時は淡々と流れて行くなどと話しをしていたら、新世紀早々、妻の祖母が亡くなった。親族に新世紀を祝わせたいと考えたのだろうか、自らも新世紀を迎えたいと考えたのだろうか、昨年末には医者から宣告されていたにも関わらず、年を越してから逝った。
 オヤジの子供達にとっては、初めての生前を知る身近な人の死だった。彼らが何を感じ、何を思ったか、どうも小学校2年生には、まだまだ感じ入るものが乏しかったようだ。

 

2001年1月1日(月)

 世紀の変わり目、そういった大きな節目を関係無く、時は淡々と流れて行く。これが宇宙、あるいは自然の偉大なところである。
 深夜2時まで漫才を見て、どうせ曇り空だろうと9時まで惰眠を貪った元旦。これから3日間は、大手を振って朝から酒が飲める。酒飲みにとってまさに天国の3日間。こういう時の時間は何故か淡々とではなく、スピーディに過ぎ去ってしまうものだ。

   


ブログ「ビール飲みオヤジの日々雑感」に戻る