大阪 七 福 神 め ぐ り |
平成15年5月11日(日) |
JR玉造駅集合〜三光神社(寿老神)〜鎌八幡〜誓願寺(西鶴の墓所) 〜近松門左衛門の墓所〜長久寺(福禄寿)〜高津宮(仁徳天皇を祀る) 〜法案寺(弁財天)〜安井道頓・道卜の碑〜つるとんたん(昼食) 〜大乗坊(毘沙門天)〜大国主神社(大黒天)〜今宮戎神社(恵比寿) 〜通天閣を右に見ながら〜四天王寺布袋堂(布袋尊) |
JR玉造駅 午前10:00集合あいにくの雨で傘をさしての出発です。 |
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三 光 神 社 | |
富貴長寿の神 寿老神 | |
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(天王寺区玉造本町14−90) 5世紀 第18代反正天皇の御宇として創建されたと言い伝えられ、古来より中風病除の神として知られています。 |
寿老神 真田幸村公の像 真田の抜け穴 |
鎌 八 幡 (撮影禁止) |
(天王寺区空清町4−2) 榎に鎌を打ち込めば願いがかなうと伝えがあり、真田幸村(これより北側付近は、大坂の陣真田出丸跡という)もそれにあやかって大勝したと言う伝えがあります。 現在は見たところ「縁切り」の願をかけるところのようで、いろいろな縁切りを願う絵馬がその情念を熱く語っていました。 |
誓 願 寺 西鶴の墓所 | |
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(中央区上本町西4−1−21) 雨が降っているせいか境内はひっそりとしていました。 |
井原西鶴は「好色一代男」につづい「日本永代蔵」「世間胸算用」など鋭い観察と奔放な筆致で作品を著しました。お墓は幸田露伴らが、境内の無縁墓におしこめられていたのを見つけたのが手がかりとなりました。元禄6年(1693年)没、52歳でした。 |
近松門左衛門の墓所 |
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(中央区谷町8−1) もともとお墓は法妙寺の境内にありましたが、同寺移転のため、現在のように建物の間(高層住宅とガソリンスタンド)の墓所となっています。 ここは雨にもかかわらずたくさんの人が訪れていました。 |
長 久 寺 | |
招福人望の神 福禄寿 | |
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(中央区谷町8−2−49) ビル建築のお寺で、チャイムを鳴らして玄関を開けて貰いました。 玄関を入ったすぐ右手に福禄寿が祀られています。 |
福禄寿 福禄寿の名前の由来は、福(幸福)、禄(俸禄)、寿(長寿)で、この三徳を授けるものとされており、道教の長寿神とも、南極星の化身ともいわれています。 *南極星…中国古代の天文説で、人の寿命をつかさどるとされた老人星 |
高 津 宮 |
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(中央区高津1−1−29) 866年、清和天皇の勅命で仁徳天皇を祀って創建されました。当初は大阪城近くにありましたが大阪城築城のため、天正11年(1583)現在地へ移転されました。 ここは大阪城と共に上町台地にあり、見晴らしが良く西に広がる眺めは格別です。 |
法 案 寺 | |
知恵財宝の神 弁財天 | |
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(中央区島之内2−10−14) 日本橋の聖天さんと呼ばれ親しまれています。 他にもお詣りのグループがあってはぐれた方がいらっしゃいました。うまく合流出来たかな? |
弁財天 七福神中唯一の女神です。もとはインドの河(水)の神で、後に学問・芸術の守護神となりました。当初は弁才天と称せられましたが、のちに吉祥天と混同し、福徳・財宝の神として弁財天と呼ばれるようになりました。 |
安井道頓・安井道卜の碑 と 道頓堀川 | |
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(堺筋宗右衛門町北東角) 道頓堀川は延長約2.5kmで、東横堀川と木津川を結ぶ運河です。慶長17年(1612年)、安井道頓により掘り始められましたが、大坂夏の陣で戦死、そののち弟や道卜たちに引き継がれ3年後に完成しました。道頓堀が完成すると堀の南岸には芝居小屋が建ち始め、その芝居客相手の芝居茶屋もでき、たいへんな賑わいを見せていました。なかでも浪花座・中座・角座・朝日座・弁天座の浪花五座は人気が高かったようです。大正時代からはそれぞれに新作ものの上演館や映画館などへと変わっていきました。今も劇場や映画館が並び、賑わいを受け継いでいます。右の写真で3つ向こうにある戎橋が阪神タイガースの優勝のおりにファンが飛び込むところです。 |
お昼です つるとんたん | |
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(堺筋宗右衛門町南西角) 楽しみにしていたおうどんです。 顔が2つほども入りそうなお鉢でいただきました。 雨で冷えた体が温まりました。 上の写真は「天ぷらうどん」980円です。 |
大 乗 坊 | |
融通招福の神 毘沙門天 | |
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(浪速区日本橋3−6−13) 電気の町日本橋のど真ん中にあるお寺です。 |
毘沙門天 四天王の一人で仏法守護の神、多聞天とも呼ばれます。手に持つ多宝塔の中から無量の財宝が雨を降らすように出てくると言われており、福の神として信仰を集めています。 |
大 国 主 神 社 福徳開運の神 大黒天(日出大国神) (浪速区敷津西1−2−12)
地下鉄大国町駅からすぐのところにあります。
大国主神(大黒天)
もとは農業の神ですが大黒天と習合して、商売繁盛・諸願成就の「木津の大黒さん」と呼ばれて親しまれています。又、俵の上に座し、膝に打ち出の小槌を、手は膝の上で定印を結び、その上に真っ赤な太陽を持っていることから「日出大国」と呼ばれています。
今 宮 戎 神 社 | |
商売繁盛の神 恵比寿(えべっさん) | |
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(浪速区恵美須西1−6−10) 「商売繁盛笹もってこい」1月9日から3日間、100万人を越える参拝者がここ「えべっさん」を訪れます。 1月 9日…宵戎(よいえびす) 10日…本戎(ほんえびす)・十日戎 11日…残り戎(のこりえびす) |
恵比寿 七福神の中では唯一日本の神様で、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)・伊邪那美命(いざなみのみこと)の第三子蛭子尊(ひるこのみこと)といわれています。 本来は、漁業の神でありましたが、後に商業の神としても信仰を集めるようになりました。 |
通 天 閣 を右に見ながら |
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雨にもかかわらず、われわれの他に「名鉄ハイキングコース」のみなさまも歩いておられるようでした。 |
四天王寺 布 袋 堂 | |
笑門来福 布袋尊 | |
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(天王寺区四天王寺1−11−18) 聖徳太子が建立したと伝えられ、弘法大師や親鸞など数多くの仏が祀られている。布袋堂は西門の石の鳥居を入ってすぐ東にあります。 ここの休憩所で「ひとこと」を書いていただきました。ちなみにおみやげに「茜丸(あかねまる)」を買いました。 |
布袋尊 中国、後梁の時代に実在した禅僧で、肥えたお腹で日用品一切を入れた大袋を持っています。その円満な相から弥勒の化身と尊ばれ、後に七福神の一人となりました。特にここ布袋堂の布袋さんは豊満な胸を持っていることから「乳布袋尊」と言われ、産婦の乳がよく出るようにと絵馬を奉納する信仰があります。 |
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