星が見えなくなった夜(ダクユル)
旅立ちから63日目。
朝7時過ぎに、tinaさんと待ち合わせ、ジョカン前から出ている、サムイェ行きのバスに乗り込んだ。
僕達の行き先は、ラサの南に位置するダクユル。
そして今回が、ラサでの最後の遠出となった。
ラサに来て、もう1ヶ月が過ぎた。
その間、随分と色んな所へ行くことができた。
昨晩、清真食堂で飯を食っているときにテレビで見た、天気予報では、明日は雨&雪という予報だったが、運良く今日の天気は、たまに雨が降る程度で、晴れている方が、多かった。
バスは、中尼公路を通り、チュシュル(曲水)から、ヤルツァンポ川沿いを走っている。
僕達は、ダナン手前にある、船着き場近くで、バスを降りる予定だったが、行き過ぎてしまい、行くはずでなかったダナンに着き、そこでバスを降りた。
バスを降りた目の前にあった食堂で、朝食のトゥクパを食べ終えた僕達は、先ほどから付きまとわれているバイクに荷台を付けたようなバイクタクシー兄ちゃんのバイクに乗り(1人=2元)に乗って、船着き場の手前まで行った。
「確か、この辺だ。」とtinaさんが言い、道路沿いの畑の中へ入っていった。
僕も、tinaさんの後を追い、畑の中へ入った。
何か妙な所を歩いているなと思っていたら、ボートのエンジン音が聞こえだした。
畑から逸れ、さらに茂みの中を分け入って、音が鳴っている方へ歩くと、川岸へ出た。
そこには、ボートが2隻停まっているが、そこにボートが無かったら、誰も船着き場だとは、気づかないだろう。ここには、船着き場らしき設備が何もない、ただの川岸だ。
ボートは2隻とも、ボロボロな、ボートだったが、それなりに大きく、多くの乗客を乗せた。
このボートに乗っている、外国人は僕達二人だけだ。そもそも、ここに船着き場があることを知っていること自体、もはやただの観光客ではない。
それを知っていた、tinaさんは、ただの観光客では無いこと自体、僕はすでに知っていたが、チベット語を巧みに操り、地理にも詳しいtinaさんには、驚いてばかりの俺だった。
エンジン音が、さらに勢いよく鳴り、ボートは対岸のダクユルに向かって、進み出した。
船頭は、何故か僧侶だ。
川のすぐ上に雲があるくらい、川と雲の距離が短く、その間には山が連なる。
青い空に白い雲、そして山と川。それ以外、何もない。
そして、ボートのエンジン音と乗客が話す声。それ以外、何も聞こえない。
雲には、時折、黒い雲が混ざっていて、その雲は、雨を降らせた。
大粒の雨が、降っては止み、そのつど僕達は、傘を差したりして、雨をしのいだ。
ただ、対岸に向かうだけのボートだが、川は中州が多く、ボートはジグザグに進み、思っていた以上に時間がかかり、やっとのことで、対岸のダクユルに着いた。
|
|
|
|
ダクユルの村にて
|
|
|
|
|
|
|
|
ダクユルに着き、ボートを降りると、すでに次の乗り物、トラクターが待ちかまえていた。
畑仕事で使うようなトラクターに荷台が付いた、この乗り物は、ラサ市街では、見ることはないが、郊外へ行けば、普通に公道を走っています。
そんな乗り物に僕達は乗って、目的地のゴンパへ向かった。
僕は、トラクターに乗ったのは、今日が初めてだった。
砂漠のような道あり、砂利道ありと、バラエティーに富んだ道を、トラクターは走った。
乗っている僕達は、もう体全体が揺れまくりで、なんか面白い。
トラクターは、2つの村を通り、僕達の目的地のゴンパへと着いた。
運転手の兄ちゃんが、この先にもゴンパがあるが、どうするかと聞いてきたが、最初から、ここに行く予定だったので、僕とtinaさんは、荷物を持って、ゴンパへと向かった。
tinaさんが、このゴンパの尼僧と交渉してくれて、今夜は、ここに泊まれることになり、尼僧の部屋を使わせてもらうことになった。
さっきまで、雨雲が広がっていた空は、いつしか晴れていた。
僕達は、お湯をもらって、インスタントコーヒーを作り、飲んでいたが、tinaさんは、早速カメラを取り出し、部屋の中の写真を撮り始めた。
そして、そそくさと、インスタントコーヒーを飲み終えたtinaさんは、ベッサとコンタックスを持ち、外へ飛び出すように出て、草原のような大地を写真を撮りながら歩いている。
僕も、tinaさんの後を追うように、歩いていたが、また雨が降り出したことと、数日前に痛み出した右胸が痛くなり、部屋に戻って、横になっていた。
戻ってきたtinaさんと一緒に、ゴンパの台所でパン(パレ)をいただいた後、再び外へ出た。
天気は、快晴へと変わっていた。
僕達は、壊されたのか、壊したのか、解らないが、廃墟となった学校跡へ着いた。
俺は一人、床に横たわるコンクリートの塊に座り、空を見上げ、気や葉が奏でる音を聞いていた。
俺一人ならば、こんな場所へ来ることは、なかった。
ランタン・ゴンパ、山奥の尼寺から始まり、ナムツォ、ラサ市街でのゴンパ巡り、ツルプ・ゴンパ、そして、このダクユルと、tinaさんには、本当に色んな所へ連れて行ってもらった。
そして、ゴンパに泊まったり、チベット人の家へ行ったり、僧侶達との会話を訳してくれたりと、めったに出来ない体験もさせてもらった。
tinaさんに感謝しています。ありがとう。
僕は、もう一度、青く澄みきった空を見上げてから、tinaさんの後を追って歩くが、彼女は、もう自分の世界に入っていて、もう見えなくなった。
トラクターの運転手が言っていた、先の村のゴンパへと歩いて行った。
お堂の中、夕日が絶妙な角度で窓から差し込み、神秘的な空間を演出している。
小さな表情の少ない仏像も、夕日に照らされ、生き生きと見える。
フィルムがなくて、写真が撮れなかったのが残念だったが、今でも鮮やかに覚えている光景だ。
|
|
|
|
ダクユルのゴンパのお堂の中
|
|
|
|
|
|
|
|
晩ご飯は、持ってきていたカップラーメンとソーセージ、そして村で買った、肉の缶詰。
とりとめのない会話をしながら、ご飯を食べた後、tinaさんは、眠りにつき、僕は、ロウソクの明かりの下、この日記を書いている。
部屋の中には、明かりを求めるかのように、小さな虫が数多く、飛び回っている。
日記を一通り書き終えた、夜の11時頃、外へ出るが、雲の隙間から、わずかに星が見える程度だった。
小さなベッドに横になるが、足が出てしまい、なかなか良い体勢が作れない。
寝袋は、持ってきてはいたが、寒くなかったので、使わなかった。
夜中、一度、目が覚めて、外へ出るが、星は、雲に隠れて、もう見えなかった。
翌朝、お布施として、20元を渡して、9時前にゴンパを出た。
再び、トラクターに乗り、そしてボートに乗ってと、着た道を戻るように、ラサへと戻った。
そして僕は、2日後にラサを発つことを決めた。
|
|